跡継ぎ

「父様って、誰に跡を継がせるつもりだったのかしら?」


 何の前触れもなく、孫呉の姫は口を開いた。

 そこにいた二人の兄が、こちらを見る。
 しかも、同時に。

 何となく、前々から気になってたことだった。
 父である孫堅は、実は宣言したことはなかった。
 誰を跡継ぎにするかを。
 『お前たちは、私の意志を継ぐんだからな』
 と、生前に何度も口にしていた。
 けれど、どっちに継がせるかを明確に示したことはなかったと思う。

 ……私の記憶の中での話だけど。

 尚香は、心の中で舌を出した。

「権だろう?」
「兄上だろう?」

 声が重なった。
 思わず、尚香は目を丸くする。
 二人の兄は、自分だとは言わなかった。

 驚いたのは、自分だけではなかったようで、兄たちはお互いの顔を見た。
「どう考えたって、権だな。
 俺は政治には向いてねぇし」
「いーえ、これだけは譲れません。
 兄上に決まっております。
 だいたい、兄上は長男なのですよ?」

 それをかわきりに、二人の言い争いが始まった。
 尚香は盛大にため息をつく。
 そして、その微笑ましい喧嘩を見つめる。

 この乱世、兄弟が敵味方になって争うのなんてよくあること。
 名家として名高かった袁家が、後継者争いで絶えていったのは有名な話だし。
 それなのに、この兄たちは自分の問いに即座に答えた。

 自分ではなく、目の前にいる者こそ、後継者にふさわしいと。

 偽りでも、謙遜でもない。
 本心が言わせた言葉だった。

 その事実が嬉しくて、尚香はくすりと笑った。

「全く、兄様たちってそっくりね」

 小さな声で呟いたはずだった。
 なのに、口喧嘩中だったはずの二人が、一斉にこっちを向いた。


「「お前もな」」

 言って、孫策は妹の髪の毛をくしゃりとかき回し、孫権はにこりと笑んだ。

「い、痛いよ策兄様っ!」

 ああ、そうだった。
 自分も二人と兄弟なんだ。
 それを認めてもらえて、尚香はとてつもなく嬉しかった。
 胸がいっぱいで、幸せで。

 少女の目の端には、きらりと光る雫があった。
作品ページに戻る