確実

 やってくる。
 確実に死はやってくる。
 そう、呂蒙は確信していた。


「呂蒙」
 呼ぶ声が聞こえた。
 自分を呼ぶ、愛らしい声。
 呂蒙は寝台に手をつき、体を起こそうとする。
「いいの、寝てて。
 体にさわったらいけないから」
 優しい声に、呂蒙は従うことにする。
 この体がまだ元気だった頃なら、考えられない無礼だと男は自嘲する。
「今日は少し顔色がいいって聞いたから。
 お見舞い、持って来たの」
 にこりと笑う表情は、どこか寂しげだ。
 その原因が分かっているのに、何も出来ない。
 不甲斐ない。
 そう思っても、呂蒙は笑うしかなった。
 今の自分にはそれくらいしか、出来ることがなかったから。
「いい香りでしょう?
 早く良くなって、また一緒に院子を歩きましょう。
 あと少ししたら梅も咲くだろうし」
 ほら、と花を見せてくれる。
 薄紅色の山茶花は鮮やかで、少女の翡翠色の瞳と相まって美しさを増す。
 我がまま姫だとか、お転婆姫だと噂される孫呉の姫君。
 今目の前にいる彼女に、その影はなかった。
 心優しい、まるで天女のような存在だと呂蒙は思う。
「……綺麗でしょうな、きっと」
 やっとのことで言えたのは、そんな言葉。
 喉が渇いている訳でもないのに、声がかすれる。
 少女のお気に入りの院子に緑が生まれ、梅が咲く。
 そのうち桃花も咲いて香るだろう。
 それはきっと、夢のような光景。
 呂蒙はそれが見られないことを残念に思う。
「早く良くなってね、呂蒙。
 絶対、絶対死なないでね」
 真っ直ぐにこちらを見つめる尚香に、呂蒙はまた笑みを作る。
 肯定でも否定でもなく、ただ笑ってみせた。
 どんなお願いも、叶えてきた。
 それは少女が、今まで無理なお願いをしてこなかったから。
 我がままだと言われる姫君は、無茶苦茶な頼みごとはしなかったのだ。
 優しい姫のお願いは、かまって欲しいという気持ちの表れ。
 誰かに傍にいて欲しい。
 寂しくて耐えられないという、心の合図。
 呂蒙には、それが良く分かっていた。
 だからこそ、何度となく聞き届けた。
 『我がまま』と称される懇願を。

「死なないでね、呂蒙」
 
 はっきりと、少女は音を形にする。
 返事をせずに、呂蒙はもう一度笑う。
 出来ない約束をするほど、愚かでありたくはなかった。
 約束を守れる自信は皆無。
 少女をこれ以上傷つけたくなかったから、男は静かに笑った。
 
 
 この日初めて、呂蒙は尚香の願いを聞き届けなかった。
 冬の気配が大地を覆う頃のこと。
 男はただ、来る日を待つことしか出来なかった。
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