大嫌い

 柔らかな風が木々に語りかける。
 それらはさらさらと音を生み、呼びかけに答える。
 花は咲き、甘い芳香を作り出す。
 蝶はその合間をひらひらと飛び交い、花と共に舞う。
 そんな、何でもない一日だった。



「孫策様、もし私が『大嫌い』って言ったらどうします?」
 突然、何の前振りもなく大喬は問いかけた。
 部屋には、春らしい暖かな陽光が差し込んでいる。
「ん?
 何だ急に」
 孫策は読んでいた竹簡から目を離し、こちらを見る。
 少し離れた場所に座って、大喬は彼を見つめていた。
「ちょっと、気になっただけです」
 彼の親友から、見張り役を仰せつかったものの、沈黙に耐えかねて訊いてしまった。
 先日、妹夫婦の喧嘩を目の当たりにして思ったことを。
 大喬は少しドキドキしながら回答を待った。

「それは絶対にありえないな」

 孫策は自信たっぷりに言い切る。
 その様子に驚きを隠せず、大喬は目を丸くした。
「そんなこと、分かるんですか?」
 また質問してしまう。
 思ってもいなかった答えだったし、今までに聞いたこともなかった例だったから。
「ああ、絶対だ。
 俺がお前に言わないように、お前も俺に絶対言わねぇな」
 いつも通り、ニカッと笑ってみせる孫策が、何となく恨めしかった。

 どうしてこの人はこんなに自信を持っていられるのだろう。
 決して自分を卑下することはなく、常に前を向いている。
 疑うことを知らない真っ直ぐな瞳が羨ましかった。

「孫策様って自信家なんですね」

 澄みきった瞳を見ていられなくて、ついと視線をそらす。
 眩しすぎて、ずっと見ていることなんて出来そうにない。
「いや、これは自信なんかじゃねぇよ」
 声が頭上から降ってきて、大喬は顔を上げた。
「えっ?」
 少し離れたところに座っていたはずの彼が、いつの間にか目の前に立っていた。

「こういうのは、確信て言うんだぜ」

 彼が膝を折ったため、視線が一緒になる。
 優しい、温かな眼差しはじっとこちらを見つめている。
 その言葉と行動は、大喬の頬を赤らめさせるのに十分な要素だった。
「孫策様の、馬鹿……」
 再びうつむき、ぽつりと呟く。
「ん?何か言ったか?」
 聞こえなかったらしく、孫策は言葉を促した。
「いいえ、何でもありません」
 大喬は首を横に振り、それを拒む。
「そか。
 ならいいけどよ」

 普段と変わらぬ優しい声。
 耳元でそれが響いて、恥ずかしさが増していく。
 顔なんて上げられない。

「……孫策、様」
 それでも、彼に今の気持ちを伝えておきたくて、名を風に乗せる。
「ん?」
 彼が、ほんの少し動いた。
 孫策との距離が縮まる。
 息がかかる。
 心臓は破裂寸前だ。

「大好きです……」

 うつむいたまま、そっと言葉を紡ぐ。
 大切な大切な言葉を。
「俺も、大喬のこと好きだぜ」
 甘やかな声と共に、優しい口付けが額に落とされた。


 柔らかな風が木々に語りかける。
 それらはさらさらと音を生み、呼びかけに答える。
 花は咲き、甘い芳香を作り出す。
 蝶はその合間をひらひらと飛び交い、花と共に舞う。
 そんな、春らしい一日のできごと。
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