恋わずらい
「お姉ちゃん見てー!」慌しい足音と共に、妹の声が飛び込んできた。
「どうしたの、小喬?」
問いかけてみると、少女は手に持っていたものをこちらに渡した。
「これ、周瑜さまからもらったんだ!」
嬉しそうに小喬は綺麗な布に書かれた文字を指し示す。
そこには、流麗な蹟で「公瑾」と記されている。
中身は周瑜からの恋文だった。
あまりの美しい文章に、思わずこちらまで顔が火照ってしまう。
「……良かったわね」
大喬は、妹に無理矢理笑ってみせた。
董卓の城から助け出してもらって幾日か過ぎた頃。
喬姉妹は建業の地で日々を過ごしていた。
大喬は孫策の、小喬は周瑜の妻になるために。
婚礼の儀にはさまざまな用意が必要だ。
その準備のため、二人はここに留まることになったのだった。
「ふう……」
誰もいない部屋の中で、大喬は深い溜息をついた。
院子のほうを見れば、花が気持ちよさそうに風に揺れている。
「……」
榻からそっと立ち上がり、大喬は院子に出た。
風が優しく頬をなで、通り過ぎていく。
長い裳裾がはらりと舞う。
春という、誰もが待ち遠しく思う季節。
それがやってきたというのに、少女の顔は憂いを帯びていた。
「どうして、もらえないのかしら?」
紅の引かれた唇が呟く。
少女は、切に欲していた。
孫策からの恋文を。
婚礼を控えているというのに、孫策はそういうものを一切よこさなかった。
彼だって忙しい。
そう、何度も自分に言い聞かせてみせた。
けれど、どうしても納得できなかった。
「小喬が羨ましい」
誰も聞いていないことをいいことに、本音がこぼれる。
妹は、毎日のように自分の部屋に来て見せてくれる。
周瑜からの恋文を。
それが羨ましくて仕方ないのだ。
浅ましいと自分でも思う。
こんな感情、孫策に知られたら呆れられてしまう。
考えれば考えるほど、心はどんよりとしていく。
こんなに春らしい暖かな陽気なのに、自分の心には暗雲が立ち込めている。
大喬はもう一度深い溜息をついた。
「お、いたいた!」
背後からいきなり声がして、大喬は思いきり振り向いた。
「そ、孫策さま!?」
驚きで声が上擦ってしまう。
部屋の入り口に立っていた孫策がこっちに歩いてくる。
もしかして、聞かれてた……?
ふいにそんなことを考えてしまう。
「すぐに見つかってよかったぜ」
孫策の顔がまともに見られなくて、思わずうつむいてしまう。
見ないで。
今の私はとても醜いから。
あなたの隣に立つ資格なんてない。
大喬はぎゅっと目を瞑った。
「大喬?
おい、どうしたんだ。
気分でも悪いのか?」
愛しい人の声が降ってくる。
温かくて、居心地の良い声。
思わず甘えてしまいたくなる。
「何かまずい時に来ちまったみたいだな。
とりあえず、これだけは受け取ってくれねぇか?」
大きな手がそっと自分の手をとった。
そして、孫策は何かを自分に握らせた。
恐る恐る目を開けると、そこには美しい絹布があった。
「これ……?」
小さく声を紡ぐと、孫策がそれに答えた。
「あー、下手って文句言うなよ?
これでも一生懸命作ったんだからな」
ゆっくりと顔を上げてみると、そこには照れくさそうに顎鬚を引っ張る孫策がいた。
「もしかして恋文、ですか……?」
期待を胸に大喬は聞いてみる。
もしかして、もしかして。
ずっと待ち望んでいたものがここにある?
「ん、まぁそんなもんだ。
やっぱこういうのは大切だろ?
女ってのは誰だって欲しいもんだって聞いたからよ。
あー、何か改まって言われると照れるな」
ほんの少し頬を染めた彼がおかしくて、大喬は思わずくすりと声をもらした。
「あ、笑うなっていってるだろ!」
「だって、何だか孫策さまらしくないです」
「し、仕方ねぇだろ!
何か、調子くるっちまうな」
困ったようなその表情が可愛らしくて、微笑みを浮かべる。
「孫策さま」
この人の妻になれる。
それが嬉しくて、青年の名を呼ぶ。
「大好きです」
彼の腕に抱きついて、大喬は言った。