戦う理由
人を殺すことは、すごく怖いことだった。「覚悟っ!!」
野太い声が降ってくる。
その中を、少女は舞うように走り、斬る。
大きな鉄扇は先程よりも重く感じられる。
拍子を合わせ、一歩ずつ確実に進む。
手の中の喬美麗と名づけられた武器は、その名に恥じない動きをみせる。
敵を斬り、殴り、屠る。
戦に必要なものは、これの繰り返し。
ここに、感情は必要なかった。
キィン――。
高い音が鳴り、武器が重なり合う。
以前ならば跳ね返すことなど出来なかったそれを、少女は弾く。
相手の一瞬の隙を見つけ、容赦なく斬りつける。
狙うは急所。
首、頭、足。
目の前の敵兵を仕留めるのではなく、動けなくする。
あとは時を待つだけでいい。
やがて彼らは死を迎える。
骨を絶つ重い音が、手に響く。
慣れたくなんてなかった。
慣れることなどないと思っていた。
それなのに、少しづつ慣れている自分がいる。
恐ろしいことが身の内で起こっている。
血が噴き出す。
赤い雨のようなそれは、こちらにもかかる。
布が、髪飾りが、武器が。
少しづつ赤く染まっていく。
武器についた露を、軽く払う。
「ごめんなさい」
ぽつり、と呟く。
もう話すことはない、ついさっきまで息をしていたものに言葉をかける。
無駄なことで、謝ったところで許されるわけではない。
知ってはいても、少女は言ってしまう。
心の片隅に追いやった感情が、震えるから。
少しでも、それを慰めてあげたくて――。
一人、また一人と襲い掛かってくる。
槍、剣、弓。
様々な武器が行き交い、失われていく。
人は何のために戦い、何のために死んでいくのか。
誰かに訊いてみたい気もしたけれど、屍は語らない。
この場所では、皆生き急ぎ、命を散らしていく。
いつか、自分もそうなるのかもしれない。
大切な人を残して、死を迎えるのかもしれない。
否、それはしてはいけない。
汗で滑り始めた喬美麗を握り直す。
覚悟を決めるわけにはいかない。
あの人のため、あの子のため、私のために。
気がついてみれば、息をする者は自分だけになっていた。
「大喬、こんなところにいたのか」
背後から、突然声をかけられた。
心臓が一気に跳ね上がる。
感情が、少しずつ体を巡っていく。
「孫策さま!」
振り返れば、そこには暖かい笑みがあった。
手にしていた武器をたたみ、足に立てかける。
「大丈夫か?
怪我とかしてねぇか?」
すぐ傍まで、彼は駆けてきてくれた。
そんな普通のことが、今は嬉しかった。
「はい、大丈夫です」
少女はしっかりと頷く。
優しい言葉が、心を染めていく。
赤ではない色が、広がっていく。
「ならいいけどよ。
あんまり無茶はすんなよ」
頭をくしゃり、と撫でられた。
妻ではなくて、妹にでもなったような。
そんな気がした。
撫でられた手は、とても温かかった。
「はい。
孫策さまこそ、無茶すんじゃねえぜ! ですからね?」
拳をぎゅっと握り、夫の目の前に突き出す。
「ああ、分かった分かった。
本当にお前にはかなわねぇな」
口元を和ませた愛しい人は、そっと拳を握ってくれた。
少女は、笑みを深めた。
この人がいるから、自分はここにいる。
戦うのは、この人がいてくれるから。
傍で、見守っていてくれるから。
愛する人のためなら、非道にもなれるかもしれない。
そう、大喬は思った。