冬の雪
Everything was covered with snow outside.

 冬のある日。
 ただでさえ、寒さで自転車通学なんてしたくなくなるというのに、この日はオマケがついた。
 日ごろ、予報が当たらないことを気にしていたんだろう。
 天気予報はこんな日の天気をきっちりと当ててくれた。
 的確に。
 ドアを開けると、そこは雪国だった。
 とか、言ってみる。
「お兄ちゃん、うざい。
 登校の邪魔!」
 一つ違いの妹、くるみに怒られた。
 仕方なしに、安藤裕也は銀世界に一歩踏み出した。
 寒ッ!
 今日ぐらい、遅刻しても良いような気がする。
 雪積もっているんだし。
 先生も1時間目自習にして、出欠取るのはそれ以降な……気がする。
 この前、雪降ったときの対応がそうだった。
「皆勤賞、狙わないの?
 内申良くしておかないと、お兄ちゃんぐらいの頭じゃ上にいけないよ?」
 サバサバとくるみは言う。
 まあ、来ている制服からして違うのだ。
 頭のデキも違うわけで。
 県下一番の女子高の制服を身にまとった妹は、元気良くバス停に向って走り出した。
 裕也は愛車に乗る。
 カバンを目の前のかごにつっこむと、走り出した。
 雪の降った関東の朝。
 それはアイスバーンとの戦いである。
 雪は溶けて、路面に薄っすらとコーティング。
 しかも、それは氷。
 ハンドルを取られるし、転びそうになるし、歩行者をはねそうになるし。
 あんまり良いことではない。
 いつもよりスピードを落としたお陰か、無事故で学校にたどりついた。
「朝早いなぁ、安藤は。
 今日は2時間目まで自習だ」
 校門のところに立っていた体育教師が告げた。
 そんなことだろうと思ってたさ。
 でも、仕方がない。
 もう学校に着いたんだから。
 クラスごとになっている自転車置き場は、遅刻ぎりぎりの時間だと言うのにガラガラだった。
 まあ、雪の日は自転車通学自体、人が減る。
 それも、1時間目が自習ともなれば、遅刻しようと思う輩がいてもおかしくはない。
 当たり前といえば、当たり前。
 指定位置に自転車を止めていると、その隣に誰かの自転車があるのが見えた。
 ……同じクラスの……番号から行くと「野村」か?
 最近、遅刻しなくなったよな。
 話相手がいるのは、良いことだ。
 裕也の足取りが少しだけ軽くなった。

 2‐8
 勢い良く教室のドアを開けた。
 野村はいなかった。
 いたのは、女子。
 何が楽しいんだか、窓の近くまで椅子を引っ張ってきて、窓の外を見ていた。
 ゆっくりとその女子は振り返った。
 山田と言う苗字しか知らない女子だ。
 顔は中の下。
 スタイルも良くない。
 はっきり「ブス」と言えないぐらいの女子だ。
 あんまり話したことないけど、いつもおどおどしていて……微妙。
 今日は、ついてない。
 裕也は盛大にため息をついた。
 山田さんは、また窓の方を向いてしまった。
 裕也は自分の席にカバンを置いて、椅子を引いた。
 椅子を引いたとき、キィーッと床と椅子がこすれて立つ音がキライで、裕也は丁寧に椅子を引くクセがある。
 今日も静かに椅子を引いて、それに座る。
 さて、どう時間を潰すか。
 制服のジャケットから携帯電話を取り出して、開く。
 メールは一件もなし。なので、オープンエミーロを表示した後、待ち受け画面になる。
 女の子が好きそうな子ネコの写真は、家の愛猫である。
 今はこんなに可愛らしくなく、白い豚ネコである。
 あれは、くるみがどうしても自分で世話をすると拾ってきて、飼い始めたんだけれど、結局裕也が一番かまっている。
 名前は『雪』
 その拾った日に雪が降っていたわけでもなく、白かったから、と言う理由だ。
 黒かったら『黒』だし、ブチだったら『ブチ』だろう。
 校内にいるはずの野村でも呼ぶか。
 とりあえず、メールを送る。
 送信時間が長く感じる、暇だから。
 これで返事を待つ間は……。
 
 キーン コーン カン コーン

 チャイムが30秒かけて鳴る。
 この間測ったらジャスト30秒だった、間違いない。
 ちょうど、HRの始まる時間だが、先生は来ない。
 代わりに黒板には担任の字で「1時間目 自習」と書いてある。
 野村からの返事はまだ来ない。
 裕也はイラついて、電話をかけたが。
 ……留守番電話に接続されて、何回かけても出やしない。
「野村、何してんだよ!」
 電話を机の上に投げるように置くと、山田さんが振り返った。
 こんだけ大きい声で怒鳴れば、フツー驚くはなぁ。
「野村君。
 たぶん」
 聞き慣れない声がボソボソとつぶやく。
 気合を入れないと、聴き取りづらい小さい声だ。
 新手の嫌がらせか?
 裕也は、身を入れて聴く。
「1組だと……思う」
「はあ?」
 突拍子もない言葉に裕也は聞き返した。
 1組と8組は、廊下の端と端だ。
 しかも、学科が違う。
 山田さんはビクッと後ずさりした。
 キィーッと椅子の足と床がこすれて、嫌な音がした。
 裕也は顔をしかめた。
「い、いつも。
 そう……だから。
 小野さんと……、最近、仲が良いみたい」
 明らかに怯えながら、山田さんは情報提供してくれた。
「野村、彼女いんの?」
 裕也は驚いた。
「付き合ってない……みたい」
「ふーん、何で山田さんがそんなこと知ってんの?
 野村のこと好きなの?」
 裕也は格好の暇つぶしの種に、ニコニコと尋ねる。
 オーバーリアクション。
 山田さんは、首を横に大きく振った。
 こりゃぁ、他に好きな男がいるな。
「じゃあ、小野さんだっけ?
 その子と、仲良いの?」
 裕也が訊くと、山田さんはコクンとうなずいた。
「同中?」
「部活が……一緒だから」
「何部?」
「文芸」
 山田さんは、シャイらしい。
 言葉が短い。
 でも、悪くない声しているな、と思った。
 おどおどとビクビクを除けば、キレイな声してる。
 発音がキレイなのか。
 正しい日本語だ。
 「ブス」一歩手前の容貌だけど、と裕也は思った。
「どんな話書いてんの?」
「つまらないもの」
 そう言うと、山田さんは窓の外を見た。
 ああ、文学大好きな女の子みたいだな。
 ひざ掛けとか似合っちゃうんだ、……してないけど。
 これで病弱とかのオプションがついていれば完璧。
「いつも、早く学校に来てるの?」
「今日は……たまたま」
 窓の外を夢見るように山田さんは見つめる。
「何で?」
「今日は、雪が降ったから」
 山田さんはつぶやいた。
 この前国語で習ったな。
 「愛おしい」だ。
 愛おしげに、山田さんは積もって、溶けて、氷になっている雪を見ていた。
「雪、好きなの?」
「あまり降らないから。
 たまに降ると、嬉しくなる」
「ふーん。
 ねえ、一つ訊いて良い?」
 裕也は尋ねた。
 さっきから、質問しまくっているのだから、適切ではない言葉だ。
 山田さんは振り返った。
 全体的に見ると、野暮ったくて、いまいちな山田さん。
 でも、キレイなところもあるって、発見した。
 真っ白な肌と桜色の唇。
 柔らかそうな軽くクセのある髪。
「知ってるだろうけど。
 俺、安藤裕也。
 山田さん、下の名前は?」
 裕也は訊いた。
 照れくさそうに山田さんは答えた。
 理由は、すぐわかった。
 どうして、彼女が雪を好きなのかも。


「美しい雪と書いて、美雪」

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