ハッピーバレンタインデー♪

 今年のバレンタインデーはついていない。
 そもそも、ゆとり教育が悪い。
 今年のバレンタインデーは土曜日だった。
 ……だったなのだ。
 時計を見れば深夜零時をいつの間にか回り、今日はもう15日だ。
 と言うわけで、今年のバレンタインデーは土曜日で、学校が休みだった。
 なので、当然学校に行っていればもらえたであろう義理チョコは、もらえるはずがなく。
 今年のチョコは、妹から哀れみで、いやむしろ作りすぎて余ったと言うか、カレシに渡す前の試作品と言うか、練習台と言うか、つまりはこれっぽちの愛も義理もこもっていないチョコレートクッキーと、
 何故か父がパチンコで換えてきた景品のチョコレート――どうせ玉が半端に余ったのだろう、いつもならタバコやヤクルトにしてくるのに、今日に限ってチョコレートにしてきた。と言う気まぐれの産物の、マカデミアナッツのヤツ――と、
 母から毎年恒例のチロルチョコ一つ。何でも、可愛い女の子の本命チョコが食べきれないと可哀想だからと言う温かい配慮、らしい。
 しかし俺は、生まれてこの方義理チョコ以外もらった記憶がない。
 獲得数、三個。
 しかも、全部、身内。
 せめて、学校があれば気の利いた女子がクラス全員に配る義理チョコがもう三個ぐらい増えただろうに。
 今年は本命にしかあげない女子が多いらしい。
 学校のあった一昨日は13日の金曜日で、吉日大安と言うわけのわからない日だったために、ゲンを担ぐ女子が多数で――妹曰く、だ――、不景気も手伝って義理チョコは配らないのが基本なんだそうだ。
 ……3個ってのは切ない。
 実際、俺は期待していたのだ。
 今年のバレンタインデーが土曜日で学校が休みなのは、二月に入ったときすでに気がついていた。
 クラスの女子の義理チョコにありつけない可能性はかなり高いと踏んでいた。
 ショックなのは、もう一個ぐらい増えるんじゃないかと確信していたからだ。
 確信していたのだ。
 だから、裏切られた感が拭えない。
 母と妹からもらって、後一つはもらえるんじゃないかと勝手に思い込んでいたのだ。
 そのため、今日一日外出せず、常に携帯を持ち歩き……待っていたのだ。
 しかし、今日は15日。
 ああ……。
 チョコレート〜。
 女々しいのはわかっている。
 ホントは、義理でも何でもいいから欲しかったのだ。
 あいつの作ったチョコレートが。
 ……。
 隣に住んでいるんだから、持ってきてくれてもいいじゃないか!
 お歳暮とか、お中元とか、みたいに。
 毎年のように配っていたくせに、どうして今年だけ……。
 やっぱり、本命にしかあげないんだろうか。
 だよな〜。
 もう、高校生だもんな。
 フツー、学校も休みの日にわざわざ、ダサい幼なじみなんかにはくんないか……。
 ちくしょう!
 不貞寝してやる。
 そんでもって、明日昼過ぎに押しかけて行って、無理やりチョコもらうんだ!!

        Ru Ru Ruu

 めちゃくちゃ電子音。
 俺のポリシーで、携帯電話の着信音は着うたとか着ムービーとかにしていない。
 誰だ、電話なんかしてきやがって。
 これから寝ようと思ってるのに。
「はい、もしもし」
「あ、ごめん。
 寝てた?
 あのさ、悪いんだけど、今からそっち行っても平気?」
 耳元で救いの女神様の声が聞こえた。
 隣に住んでいる幼なじみの香澄の声だった。
「いや、全然、起きてた。
 うん、大丈夫。
 どうせ、まだこの家、誰も寝ていないし」
「あ、ホント?
 良かった。
 じゃあ、これから行くね。
 うん」
 それで、電話が切れた。
 もしかして、これってもしかして、もしかしなくても?
 俺は慌てて、鏡で確認する。
 うん、寝癖とかはついていないな。
 できるだけ平静を装って、下に降りていく。
 案の定リビングには両親が起きていて、深夜のくだらないバラエティを見ていた。
「あら、寝てなかったの?」
 そう声をかけてきたのは、母。
「あー、うん。
 何か、香澄が来るらしいから。
 今、電話来たし」
 冷蔵庫のドアを開けて、ペットボトルを取り出す。
 2リットルの爽健美茶のペットボトルの中には、何故かシャンピンとか言う名のウーロン茶が入っている。
 俺は適当なグラスに茶を入れると、一気に飲み干す。
「ふーん、こんな時間に。
 デートの帰りかしら?」
 母が明るく言う。
「おいおい、そんなわけないだろう。
 いくらもう中学生じゃないとは言え、香澄ちゃんは良い子じゃないか」
 父が呆れる。
「あら、わからないわよ?
 最近の子は進んでいるから。
 敬幸、ちゃんとお茶は冷蔵庫に戻しなさい。
 あなた、すぐ出しっぱなしにするんだから」
「へいへい」
 俺はペットボトルを冷蔵庫にしまう。

 ピンポ−ン

「夜分、遅くすみませーん。
 お邪魔しまーす」
 香澄の声だ!
 俺はドキドキする。
 幼稚園の頃から仲良しこよしで、今現在も同じ学校に通っているとは言え、高嶺の花の存在。
 今時いないほど、純粋無垢。ガキっぽくて、垢抜けてないのが、香澄の良い所なのだ。
「本当に夜遅くね」
 母が言った。
 厭味じゃなく、この人は思ったことを素直に言ってしまう性格なのだ。
「あはは。
 ちょっと、失敗しちゃって。
 材料買い直して、作り直したらこんな時間になちゃって。
 やっぱり、14日にもなるとどこも製菓材料売ってなくて、困っちゃいました」
 香澄はニコニコと答える。
 真っ白なダッフルコートが似合ってしまうほどの色白で、加工していない自然な黒髪が良い。
「はい、幸ちゃん。
 ハッピーバレンタイン♪
 香澄様特製ザッハ・トルテだぞ。
 心して食すように」
 香澄はそう言うと、紙袋を突き出す。
 その辺の紙袋じゃなくて、ちゃんとバレンタイン仕様の可愛らしい柄の入ったヤツだ。
「腹下さなきゃいいけどな」
 嬉しくてついついそんなことを俺は言ってしまう。
「言ったなぁ。
 あまりの美味しさに、香澄様〜とか言いたくなっちゃうんだからね」
「ああ、つまり。
 胃薬〜とか、言うぐらいの代物なんだろう?」
「何を。
 覚えておきなさい!
 絶対、後悔するんだから」
「俺、記憶力悪いから〜」
「3月14日は、三倍返ししなさいよ!」
 ビシッと俺の顔を指差し、香澄は言った。
「つまり、板チョコ5枚に、小麦粉1袋とか?」
「誰が、材料くれなんて言ったのよ?
それに、今年はコージーコーナーの銀座プリンは認めないんだから!」
「香澄、あのプリン好きだろう?」
「うっ。
 缶ジュースよりも安いものは認めないんだからね。
 もう、用件は済んだから、帰る!」
 香澄はそう言うと、パタパタとリビングを出て行った。
「あんまり苛めてると相手にされなくなるわよ」
 母がお茶をすすりながら言った。
「ずいぶん、美味しそうなのもらったな。
 お父さんにも分けてくれ」
「駄目。
 これは全部俺のなんだから」
 俺は笑顔で言った。
 今年のバレンタインは、なかなかついてる。

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