ハッピーホワイトデー 後編


 昨日、結局。
 幸ちゃんは謝ってこなかった。
 電話もメールもなしだし。
 そういうヤツだ。
 その上、今日は友だちと駅前まで遊びに言ったそうだ!
 どうせ、ただのお隣さんだもん。
 ……どうせ。
 わたしはクッションを抱え、居間に転がっていた。
 むかつく。
 今日はせっかくのお休みで、雨も降っていないのに!
 どこかに出掛ける元気も湧かず、ゴロゴロと粗大ゴミと化している。
 それもこれも全部幸ちゃんのせいだ。
「何転がってんのよ。
 邪魔よ」
 声と共に足が。
 寝転がっていた私のわき腹をグリグリと踵でするのは姉の朝陽だ。
 あさひの妹でかすみ。
 きっと、親は冗談か語呂合わせで名付けたに違いない。
 もし妹が生まれてきたら、さそいとか訳のわからない名前をつけたに違いない。
 そんな確信がある。
「お姉ちゃんが、これ全部食べてもいいの?」
「ん?」
 わたしはお姉様の手にしているものに注目する。
 コージーコーナーの紙箱。
 それもシフォンケーキサイズ!
「どうしたの? それ!」
「お隣の敬幸君がくれたのよ」
「幸ちゃんが?」
 いつの間に!
 もしや、これは謝罪の証!?
「香澄がいらないなら、全部食べちゃうわよ」
「いる!
 いります。
 ください!」
「じゃあ、ふててないで起き上がんなさいよ」
 お姉様はそう言うと、テーブルの上に紙箱を置く。
 わたしは起き上がり、急いでテーブルの前を陣取る。
 ちょっと、と言うか、かなりワクワクする。
「中身は何かしら?」
 お姉様は自分の物のように紙箱を開ける。
 何が入っているんだろう?
 プレミアムチーズケーキ?
 チョコシフォン?
 季節柄、苺のシフォンかも。
 期待して、箱の中を覗き込む。
「!」
 ……。
 幸ちゃんの、馬鹿ぁ〜。
 そこには、銀座プリンが三個入っていた。
「これ、バレンタインのお返しだって。
 良かったわね。
 三倍よ。
 例年比」
 お姉様はケラケラと笑う。
「お母さんと、私と、香澄で一個ずつ♪」
「ダメ!
 ザッハ・トルテ、焼いたの私だもん!」
 紙箱を抱え込む。
「全部、食べるんだから!!」
 言いながら、むなしくなる。
 半泣きになりながら、二階の自分の部屋に逃げ込む。

 勉強机に紙箱を置く。
 仲良さそうに並ぶ三つのプリン。
「三倍返しの意味が違う……」
 ちょっと泣きが入っているけれど、大好物なので手を伸ばす。
 プリンはまだひんやりしていて、買ったばっかりのようだった。
 一言ぐらい、何か言えばいいのに。
 何も、お姉様に渡さなくても……。
「ん?」
 一個目のプリンのふたに手をかけようとしたとき。
 それに気がついた。
 紙箱とは違う色の白い紙が底敷のように入っている。
 コージーコーナーでは、このタイプの紙箱には底敷が入っていないはずだ。
 プリンを一先ず、机に置く。
 その紙を手に取る。
 封筒だ。
 中に、何か入っている。
「?」
 何だろう?
 …………。
 紙と、映画の券。

 『明日 11時。
  駅前集合。
  遅れてきたら、昼飯を奢らせる。
              桐生敬幸』


 と、書いてある。
 もしや、この映画の券がお返し?
「幸ちゃんが生まれて初めて三倍返し、した」
 かなり、意外……。
 でも、嬉しい!!
 頬が緩むのがわかる。
 明日が楽しみ!!


 ちょーハッピーホワイトデー♪

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