普通になりたかった彼女と何もできなかった俺

「今日、誕生日なの。
 何か奢ってくれない?」
「はあ、マジで?
 そういうことは前もって言えよ」
「コンビニでケーキを買ってきて。
 部室で待ってるからさ。
 どうせ、今日はそっちは部活動がないんでしょ?」
「誕生日なのに、コンビニのケーキでいいのか?」
「祝ってもらったことがないの。
 ごく普通には、ね。
 だから、誕生日にケーキが食べてみたかったんだ。
 無理ならいいけど」
「交換条件」
「何それ?」
「俺の誕生日の時もプレゼントを用意しろよ」
「いいけど、私、貧乏だよ」
「期待はしてない」
「バイトしていないから、お小遣いで買える範囲しか、出せないけど?」
「これから買ってくるケーキと同額でいい」
「ホントにケーキを買ってきてくれるの?」
「言ったのはお前だろうが」
「ノリで言っただけで。
 誕生日おめでとう、って言って欲しかっただけだし」
「……誕生日、おめでとう。
 ケーキを買ってきたら、顔見知りでも呼ぶか?
 今からだったら、まだ下校をしていないで、残っているヤツらもいるだろうし。
 そっちだって部活仲間ぐらいは残っているだろ?」
「いいよ、二人きりで。
 人見知りだからさ」
「友だちに対して、人見知りしてどうする」
「だって、正直に話せなくない?
 誕生日にケーキが食べたことがないって。
 一般的には、家族で食べるんでしょ?」
「俺も、子どもの頃ならともかく、今は食べてないぞ」
「お互い難儀だねー。
 で、使いっ走りになってくれるわけだ。
 優しいね。
 その内、女の子から刺されちゃうよ」
「恋愛関係でトラブったことないさ」
「そう? 私たち、けっこう誤解されているみたいだけど。
 誰かさんのせいで。
 普通はカノジョ優先するもんじゃないの?」
「話が合わない。
 恋愛脳過ぎんじゃないの?
 友だちと私がどっちが大切なの、とかウザくね?」
「そういうのが健全なお付き合いじゃないの?
 可愛らしい嫉妬と独占欲じゃん。
 その場限りで良いんだって。
 『君が特別だよ』って言ってあげれば、女の子は安心するんだから。
 前のカノジョさん、ルックスも性格も悪い子じゃないと思ったんだけどなー。
 私が男だったら喜んじゃうタイプ。
 楽しみなよ、青春を」
「お前が女の外見しているのが悪いんじゃね?」
「いやいや、そんなことを言われましても。
 出会う前から決まってことですし。
 男女の友情は成り立たない、とか言われちゃっていますから。
 ドラマや小説どもに」
「で、いらないのか? ケーキ」
「いる!」
「話しかけられたら買いに行けないんだけど?
 一緒に買いに行ったら、もっと噂になるんじゃね?」
「そうなんだよね。
 まあクラスも部活も違えば、話しているだけでも異常なのかもしれないけど。
 今のところ、委員会は同じなんだけどねー。
 共通点はそれぐらい?
 ホント、みんな噂話が好きだよねー。
 気になるなら訊けばいいのに。
 橋渡しとか、もう勘弁してほしいんだけど」
「俺もカノジョとか作りたい、って思ってないんだけど?
 面倒なことを持ってくるなよ」
「それ十代の男として、どうなの?
 やりたい盛りって言うじゃん。
 性欲が枯れちゃったの?」
「そういうことを女に言われたくない。
 本当に外見だけが、女だな。
 中身、男と変わらないぞ」
「そういうのを性差別って言うんだよ。
 まあ、恋愛はしたくないかなー。
 部活もあるし、勉強もあるし」
「それ以上、勉強してどうするんだよ。
 この前、国語のテスト学年一位だったんだろ?
 授業中に爆睡しるって。
 職員室で国語の先生が嘆いていたぞ」
「眠ってつい。
 授業って退屈じゃない?
 知ってることしか、やらないし。
 国語なんて、問題用紙に答えが全部、書いてあるんだよ。
 満点が取れないとかありなくない?」
「それ、嫌味だぞ」
「入学して以来、文系の教科で一位を譲ったことがありませんから。
 理系はそっちの方が良い点じゃん。
 まだ勝ったことがないんだけど。
 ……内申点だけは上げとかないとねー。
 大学に奨学金を受けて推薦で入試できないじゃん。
 学校に毎日来てるのも、そんな感じだしー」
「人生に飽きてそうな言葉だな」
「レールの上を走るって決めたからね。
 意志なんてないよ。
 自分で稼げるまでは言いなりってヤツだし」
「子どもは親を選べないからな」
「そんなに不便してないから大丈夫。
 地球の裏側に比べたらマシだよ。
 ご飯を食べて、こうして学校に通えるぐらいはできるんだから」
「そういうのを不幸って言うらしいがな」
「山のあなたには探しに行かないよ。
 誘われても迷惑でしょ?
 泣きながら帰ってくるなんて」
「なんだそれ?」
「授業ではやってないけど、国語便覧には載っているよ。
 上田敏が訳したカール・ブッセの詩。
 名訳だから読んでおいた方がいいよ。
 模試にはでないかもしれないけど、教養にはなるんじゃない?
 社会に出る前に武器は一つでも多く持っておいた方が得だし」
「そういうことを言うから周囲から浮くんじゃないか?」
「出る杭は打たれるってね。
 同調圧力が強いのが日本人の欠点だよ。
 女の子同士は、もっと結束的だしね」
「女のお前がそれを言うわけだ」
「お父さん、女の子が欲しかったらしいから別に女であることは後悔していないよ。
 お母さんのお腹にいる時から、ずっと名前が用意されてたらしいよ。
 音も字面もいいでしょ」
「その割に、名前呼ばれるの嫌がるな。
 みんな名字か愛称だろう?」
「こんな綺麗なもんじゃないって。
 イメージに似合ってないでしょ?
 音だけを教えると、ほぼ間違えられるし。
 賞状とか先生、泣かせだし。
 書道の免許を持っている先生でも綺麗に書けないんだよね」
「その割に、お前の字は綺麗に書いてあるじゃん。
 楷書体じゃないけど」
「だって自分の名前だよ。
 名字はこれから先、変わるかもしれないけど。
 こっちは変わらないからね。
 男と違って」
「ペンネーム、持っているんだってな」
「話したっけ?
 そんなこと。
 まあ付けるでしょ、誰でも。
 本名でやっていける人なんて少数だし」
「何だってあんな名前にしたんだ?」
「芸名なんて、あんなもんじゃない?
 それでも、ちょっとは本名を残したんだよ。
 ずっと使っていくつもりだからね。
 もしかして一生変えないかも。
 どこにいても、何をしていても」
「国語っていうか、古典に詳しいなら、何だってあんな字を選んだか気になってさ。
 話したくないなら話さなくてもいいけど」
「ご親切に、理系なのに漢和辞典でも引いてくれたの?
 あまり良い意味の成り立ちじゃないし、熟語も良いものが並んでいるとは言えないよね。
 そういうことだよ。
 私は、そういう存在でありたいってこと。
 芸術で食べていくつもりじゃないし。
 そこまで夢を見ていませんよ。
 何となく書きたいものを書いているだけだから」
「自虐的じゃね?」
「痛いぐらいでちょうどいいって。
 ペンネームを決めたのって、中二病だった頃だし。
 いつ、使いっ走りになってくれるの?」
「お前が話しこんだんだろうが。
 すぐに買いに行ってやるから、待ってろ」
「ありがとう。
 今年は『特別』になるね。
 初めての誕生日ケーキだし」
「俺で良かったのか?
 一緒に食べるの?」
「付き合いが良いよねー。
 普通だったら、見捨てるんじゃない?
 面倒だって。
 カノジョに対しても、そこまでやってないし」
「誕生日プレゼントぐらいならしたぞ。
 男にもしたけどさ」
「律儀だねー。
 そういうところがモテ要素ってヤツ?
 同性にも、異性にも、敵がいないことは良いことだね」
「また……」
「こっちが悪いみたい。
 みんなそう思っているよ。
 クラスメイトだけじゃない。
 一部以外の先生も思っている。
 こういうのは差別じゃない。
 区別だよ。
 私みたいのは気持ちが悪いって生理的嫌悪。
 今更、普通にはなれないからね。
 ここまで生きてきちゃうと、修正がきかないし、猫被りにも限界があるからね。
 八方美人やっても、やっかまれるし。
 遺書とか書いて、飛び降りたりしないから安心して。
 電車の遅延とかも最悪でしょ?
 一番安いのは、海らしいけど。
 ちょっと海はここからは遠いからなー」
「ミステリー好きもたいがいだな」
「そっちも同じぐらい読んでるじゃん」
「あれだろ。
 1056194って打ってやるよ」
「なに、カノジョの誰かに言われたの?
 良いんじゃない、カッコよくて。
 ロマンだねー」
「そっちも男のロマンだろ?
 素でしゃべらなければ。
 男ら全員、残念系って言ってたな」
「だからこそ、誰のカノジョにもならないですんでるわけじゃん。
 もし誰かと付き合ってたら、今まで以上に大騒ぎになりそう。
 大人になるまで、できるだけ穏便に暮らしたいの。
 どこにでもいるような社会人になって、独りで生きていくの。
 ヒロインやお姫様になりたいわけじゃない。
 登場人物Dでけっこう」
「端役だな」
「本当は舞台になんて立ちたくないんだよ。
 それに人生の舞台ってヤツは、常に自分が主役だからね。
 エンドロールでは涙してくれる人はいるかな?」
「もし、俺よりも先に死んだら泣いてやるよ。
 友だち代表として」
「マジで?
 できない約束はしない方がいいよ。
 私って約束が破られるのが大嫌いだから。
 破るつもりなら、最初からしないで欲しいし。
 期待値が上がっちゃうから、破られた瞬間は裏切られたって思うからね」
「知ってる。
 俺よりも先に死んだら、って言っただろう?」
「連絡先を教えなくても?」
「風の便りで聞いたら、ちゃんと泣いてやるよ。
 不器用なヤツだったなって」
「ありがとう。
 ケーキなんてもらわなくても、最高の誕生日だわ」
「もっと最高にしてやるよ。
 ちゃんと帰宅しないで待ってろよ。
 すぐに買ってくるからさ」
「悪いねー」
「交換条件だって。
 持ちつ持たれつ」
「それでも感謝しているんだよ。
 きっと明日も良い天気だね。
 学校に通えるぐらいには」
「買いに行ってくる」
「行ってらっしゃい。
 待つってのも楽しみだね。
 期待って熟語にも待つって字が入ってるぐらいだし」


   ◇◆◇◆◇


 卒業と同時に彼女とは離れ離れになった。
 連絡先は知らない。
 彼女が同窓会に出席できるはずもない。
 風の便りにも入ってこない。
 コンビニで安物の苺のショートケーキを見る度に、思い出す。
 こんなものを『特別』だと笑った彼女と放課後の部室の光景を。
 コイン1枚で買えるケーキを誕生日に食べたい、とねだった彼女を。
 自分のお小遣いでも買えたはずだ。
 二人きりで食べた放課後の部室。
 遠慮がちに最後まで、苺を彼女は取っておいていた。
 今では彼女の誕生日は大型連休に組み込まれてしまった。
 誕生日にケーキを持って祝ってくれる相手はできただろうか。
 それだけが心配だった。
 言えば良かったのだろうか。
 『1056194』なんて数字じゃなくて『101101』と。
 すぐさま解読した彼女は馬鹿げていると笑っただろう。
 俺と彼女は友だちだったのだから。
 お手軽な『恋』じゃなかった。
 もっと重症な、もっと深刻な……『愛』だった。
 交換条件で手に入った俺の誕生日プレゼントは、青春の一ページとして取ってある。
 消えものをねだった彼女とは正反対だ。
 形に残ってしまった。
 捨てることはできない。
 綺麗に痕跡を隠してしまった彼女との関係を因数分解するための共通因子だからだ。

 『ポケベル』の暗号で
 『1056194 今から行くよ』で『101101 今会いたい』になります

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