5.湖面



 日曜日の昼下がり。
 縁側で、猫のように陽だまりで目を細める。


「湖面の月って、キレイ?」
 燈子が言った。
 タータンチェック柄プリーツのスカートの上には、写真集が乗っていた。
 燈子の『綺麗』は、カタカナの『キレイ』に聞こえる。
 それは、その字が表すように無駄がなく簡潔な『キレイ』なのだ。
 宗一郎は縁側に静かにお盆を置いた。
 お盆から、桜色のマグカップを取ると、燈子の目の前に差し出す。
「すこし、熱い」
 宗一郎は注意を与える。
「ありがとう!」
 燈子は笑顔でマグカップを受け取る。
 お盆を挟んだ隣に、宗一郎は腰をかけた。
 暖かな陽射しが庭先に降り注ぐ。
 宗一郎は利休鼠色の茶碗を取り、その縁を何となくなぞる。
 優しげな湯気が指を濡らす。
「宗ちゃんは、湖面の月を見たことある?」
 燈子はマグカップを包み込むように持つ。
 ゆらりと湯気が目に見えない風に流される。
「外に、出かけるような用事はない」
 宗一郎は無表情に言った。
 ゆったりとした動作で、少年は茶をすする。
 シャラシャラと竹の葉がこすれる音が耳に届く。
 静かな時間の流れを感じる。
「そっかぁ。
 湖面にお空が映っていたら、不思議だよね」
 燈子の声は、明るい。
 白く細い指が示すページには、中国の湖。
 湖面には、満月が映っていた。
「お空のお月さまと、湖のお月さま、間違っちゃわないかな。
 だって、どちらもお月さまだよ。
 にせものではないんだよ」
 燈子は無邪気に笑う。
「比べてみれば、その違いは歴然だろう」
「行ってみたいな」
 燈子は言った。
 その声が落ち込んでいるように耳で響いたから、宗一郎は燈子を見た。
 幼なじみの小さな肩は、もしかして傾いていたのかもしれない。
 夢を見るような瞳は、風を捕まえようとしているのだろうか。
 宙を見つめていた。
 宗一郎はためいきをかみ殺した。
 そして、


「いつか、行けるといいな」


 宗一郎はつぶやいた。

 

 陽だまりに溶けていく、一日。
 ある日の昼下がり。
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