8.甘夏



 ナツは 何色 どんな味〜♪
 それは ナツ色 ナツミカン
 ナツは 何色 どんな味
 クレヨンで 何番目?
 上から数えて2番目 下から数えて6番目


 能天気な歌が庭の静寂を打ち破る。
 それは高くも低くもない声で、不思議な透明な音が緑葉とリエゾンする。
 この家の跡継ぎ息子は、木陰でその声が近づいてくるのを待つ。
 読み止しの洋書に、しおり代わりのリボンを置く。


 ナツは 何色 どんな味〜♪
 それは ナツ味 懐かしい
 ナツは 何色 どんな味?
 お空のクレヨン 2番目
 赤橙黄緑青藍紫 とーこ色


 歌声が止まる。
 ピタッと宗一朗の前で。
 少年は顔を上げた。
 不思議の国のアリスが着るような青いドレスと白いエプロン姿の燈子が立っていた。
 エプロンには何か入っているのか、少女はエプロンのすそをつかみあげていた。
「夏はどんな味をしてるんだ?」
 宗一郎は問う。
 夏の日差しのような明るい笑顔を少女は浮かべる。
「少し甘くて、すっぱいの」
 そう言うと、エプロンから大きな甘夏を二つ取り出した。
「今日のおやつだよ♪」
「なるほど」
 少年はかすかに笑った。
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