11.旅立ち



 秋は夕暮れ
 夕日のさして 山の端 いと近うなりたるに
 からすの寝所に行くとて
 三つ四つ 二つ三つなど
 飛び急ぐさへ あはれなり



 空に溶けていく。
 燈子の声が。
 宗一朗は淡々と前を向きながら歩きながら、感じた。
「どうして、カラスさんなんだろう?」
 燈子は尋ねる。
「それに、どうして雁?
 雁って、どんな鳥?」
 小さい頭をかしげて、燈子は問う。
「北から来る渡り鳥だ。
 秋に来て、春に北に旅立つ。
 カモの一種だな。
 空を飛ぶとき、アルファベットのVの形で編成を組む」
 辞典のように、宗一郎は答える。
「とーこ、見たことないよ」
「……。
 この辺りにはいないからな」
 宗一郎は答えた。
 灰色のコンクリート、にぎやかな色の屋根。
 川の向こうの風景だ。
 これでは、渡り鳥もやって来れまい。
「むかしは、いたの?」
 燈子はポツリと訊いた。
「……。
 らしい、と聞いたことがある」
 宗一郎は、答えた。
「ふーん、そっかぁ。
 むかしは、いたんだ。
 今は、いないんだ。
 月日は百代の過客にして、行きかう年もまた旅人なり。
 って、こと?」
 よっぽど新しく覚えた言葉を使いたいらしい。
 宗一郎は苦笑した。
「燈子は色んなことを知っているな」
 小さい頭を宗一郎は撫でてやった。
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