2.雲



 村上家が屋敷を構える山上に一番近いバス停。
 坂を下った場所に雨に打たれて赤錆びた金属のポールが立っている。
 この時間、バスの本数は少ないため、人影など見つけられないはずなのだが……。


 見るからに純朴そうな少女がバス停で、人待ち顔で立っていた。
 クリクリと大きな瞳は、期待で星のように輝き、柔らかそうなほぺったは喜びで紅潮していた。
 待つ、というのは、人に喜びと同時に甘い苦味を与えるものだ。
 少女は、まさしくその渦中にいた。
 空を流れ行く雲も、今の彼女には興味のないものだった。
 少女――燈子にとって、今の関心はただ一つ。
 待ち人がいつ来るのか、それだけだ。
 少々困難がある方が、人生が充実するように。
 ある程度の障害がある方が、燃え上がるものがある――。


「燈子」


 小さな魂は歓喜に打ち震える。
 毎日、いっしょにいる幼なじみの少年が現れただけのことである。
 たかが、それだけのことだ。
 5歳の時、初めて出会い、それから11年いっしょにいた。
 まるで影のように、いつも傍にいた。
 見慣れたはずの相手だ。
 けれども、燈子の心臓はでたらめな音を奏でる。


「宗ちゃん」


 燈子は走った。
 一分一秒でも、惜しかった。
 それだけの理由で、少女は少年の元に走ったのだ。


「会いたかった!」


 恋と言う感情を理解していない無垢な魂は、正直に思ったことを告げた。
 寡黙な少年は、それに消極的に同意した。
前へ > 「宗一郎と燈子の45日間の空」へ >  続きへ