3.灰色



 今日も、とーこのお空は雲がいっぱいで灰色です。
 どうすれば、良いのでしょう。
「小さい」とーこには、わかりません。
 7番目の玉の字は「孝」。
 子供が親を大切にする意味。


「また、本家に行ったの?」
 燈子の母――恵子は不安げな表情を浮かべて、娘に問う。
 嘘がつけない娘は、困ったようにうつむいた。
「お願いよ、燈子。
 もう、宗一郎さんに会わないで」
 恵子は娘の肩をつかみ、懇願した。
 まだ40前だというのにこの女性は、老け込んでいた。
 髪や肌はガサガサとしており、目は生気を失ったようにうつろだった。
「燈子が悪いわけじゃないのよ。
 もちろん、宗一郎さんが悪いわけじゃありません。
 とても立派な人だと思うわ。
 そうね、大学を出て、あと5年ぐらいしたら、理想の結婚相手よね。
 でも、お願い。
 宗一郎さんとだけは駄目よ」
 恵子はすがりつくように言う。
「宗ちゃんとお話しするのもダメ?
 前は良かったのに?
 迷惑をかけるから?
 とーこが小さいから?」
 小さい燈子には理解できない事柄だった。
 昨日まで良かったことが、今日はダメだなんて。
「違うのよ、燈子。
 そうじゃないのよ。
 お母さんは燈子に幸せになってもらうために、燈子を産んだのよ。
 こんなことのために……」
 涙混じりの言葉は、終いには嗚咽で言葉にならなくなる。
 恵子はカクンと糸の切れた人形のように座り込み、声をあげて泣き続けた。
 どうして良いのかわからず、まごついていると別室から父が駆け寄ってきた。
「恵子さん、大丈夫ですか?」
 父――慶事は、細い妻の体を抱く。
「燈子、ごめんな」
 泣きそうな目で父に見上げられてしまった娘は、居心地悪そうに壁に寄る。
 燈子は壁にぺったりと張りつく。
 そうしていると、心のモヤモヤが落ち着くからだ。
「色んなことで、燈子に負担をかけている。
 親なのに守ってやれなくて……すまない」
 父のその声がもう涙で震えていた。
 燈子は出来るだけ静かに部屋の外に出た。
 両親を困らせたくはない。
 でも、なぜか困らせてしまう。


 とーこは窓を開ける。
 空はいつものように青く、とーこの前髪を爽やかな風が乱す。
 でも、とーこの心境は灰色だった。
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