9.オリオン座




 空を仰ぐ。
 昼から夜に移り変わろうとする時間。
 青はますます深く。
 月はますます白く。
 色が濃くなっていく。
 明るい陽の光が消えて、空には星たちがスッと現れる。


 街灯の下。
 宗一郎は立ち止まった。
 不思議そうに燈子も立ち止まった。
「宗ちゃん?」
 燈子は、つないだ手を引く
 少年は慌てて、少女を見る。
「どうしたの?」
 燈子は尋ねた。
 通いなれた通学路で、少年の方が立ち止まるのは珍しいからだ。
 少女がパタパタとして、それを少年がたしなめる。
 それがこの二人のお決まりのパターンだった。
「大したことじゃない」
 宗一郎はそう言った。
 冷たすぎると思うほどに表情の変化はない。
 声の調子も変わらず、少年は再び歩き出した。
 手をつないでいるままなので、しぶしぶと少女も歩き出す。
「小さいとーこには関係ないこと?」
 燈子はアスファルトを見ながら訊いた。
 宗ちゃんは、秘密主義。と、少女は思う。
 仕方がないって、みんな言う。
 とーこが「小さい」から。
 それは少女にとって面白くない事柄だった。
「昼が長くなった、と思っただけだ」
 宗一郎は言った。
 少女は顔を上げた。
「それと、このぐらい明るい方が星座は探しやすいと思ったんだ。
 山上は星が見えすぎる」
 宗一郎は、ため息混じりに答える。
 燈子は夜空になりかかろうとしている空を仰ぐ。
 せいぜい三等星ほどしか見えない空だった。
「星座を教えてくれたのは、燈子だったな」
 宗一郎は昔を懐かしむように言う。
「宗ちゃんは、星宿を教えてくれたよね」
 燈子は楽しそうに言った。
「燈子は何も知らなかったからな」
「宗ちゃんは何でも知っているよね」
 クスクスと少女は笑う。
「そうでもない」
 宗一郎はもう一度、夜空を仰ぐ。


 そこには、オリオン座が見えた。
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