10.天の川



 地上にあるダイアモンドを全部買い占めて、天空に並べてみた。
 それでは、さぞや彦星は苦労することだろう。
 ダイアモンドの川を渡っていくのは、簡単なことではないだろう。


 部屋の片隅に置かれた古い長持ちの中身を、一つ一つ畳の上に並べていく。
 物に執着するのは浅ましい、とは思うものの捨てられずに、取ってあるものたち。
 宗一郎は記憶と共に、それらを取り出し、整理整頓をし始めた。
 余計なものを増やさないために、本当に必要か、検分する。
 不要だと思ったものは、人にくれてやるか、捨ててしまう。
 季節の変わり目の恒例行事だった。
 ふと、宗一郎の手が止まった。
 未だに色を保っているそれは二ひらの和紙。
 落ち着いた紅梅の花のような和紙と渋い竹の葉のような色の和紙だ。
 『短冊』といった方が正しいだろう。
 最初で最後の短冊だ。
 村上では「七夕」祝いをしない。
 軒の下に笹を飾ることもないし、それに折り紙で作った細工物や願いを書いた短冊をかけることはない。
 これは、燈子が村上に来て、初めての夏の思い出だ。
 紅梅色の短冊には、覚束ない筆で願い事が書いてある。

 『おかあさんが なきませんように
                   燈子』


 名前だけがしっかりと漢字で書いてある。
 宗一郎は、たどたどしい筆跡にふれる。
 燈子は署名するときは「とーこ」と書く。
 手習いをしていてもそうだし、手紙もそうだ。
 外で署名する時は「村上燈子」と記す癖がようやくついてきたが、内では「とーこ」だ。
 昔は全部漢字で署名してたはずなのに、いつの頃からか「とーこ」になってしまったのだ。
 過去の記憶はあやふやで、良く覚えていない。
 それがいつしか自然となり、誰も文句を言わないのだ。
 宗一郎は静かに息を吐き出した。
 良くない傾向だ。
 「とーこ」は「燈子」ではない。
 音のみで事象を捉えることは、良くないことだ。
 燈子は燈子なのだから。
 宗一郎は竹色の短冊を見る。

 『世界平和
          宗一郎』


 可愛げのない子どもだった、と宗一郎は思う。
 振り返るにしては、まだ短い人生だが、過去の自分は愚かしい。
 天に願うのに、もう少し具体的な願い事を考えつかなかったのか。
 それだけ、周囲に馴染んでいなかったと言うことだ。
 自戒の念を込めて、取っておこう。と、宗一郎は思った。
 宗一郎は他の品についての検分を始めたので、これ以上思考が広がることはなかった。
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