12.打ち上げ花火




 パッと咲いて、パッと散る。


 二人きりの時間は、いつも夜。
 ままごと遊びの延長を始めてからの暗黙のルールとなっていた。
 誰にも邪魔されない時間というのは、どれだけ尊いことなのか。
 恋と呼ぶには、あまりにも純粋で打算のない感情が二人に教えた。
 どれ程の時間が流れても、二人の関係は変わらないように思えた。
 「外」の流れが速いから見えないだけで、二人の関係は静かに変化していた。
 二人が、二人きりでいることは変わらない。
 その心の変化はあったとしても。
 いつものように縁側で、宗一郎と燈子は並んで座っていた。
 あいかわらず、夜の村上本家は通夜のように静まり返っていた。
 程よい沈黙が漂っていた。
 風が渡る音が耳に心地良く響く。
 宇宙の鼓動が聞こえてきそうな、爪月の夜。
 宗一郎の心は逸る。
 こんな夜ほど「外」に出たいと思う。
 知識は翼を得て、羽ばたく準備をしているというのに、古い因習が楔となっている。


「宗ちゃん」
 透明な声が呼んだ。
 宗一郎は考えを中断して、隣に座る少女を見た。
 夢見るような大きな瞳が、宗一郎を見つめていた。
 吸い込まれてしまいそうなほど、清らかな瞳はまっさらに少年を見る。
 林檎の花びら色の唇が開いて……。
 言葉は紡がれず、再び閉じられた。
 物言いたげに少年を見つめて、それから少女の視線は庭に投げられた。
「燈子?」
 宗一郎は、少女の小さい頭をなでた。
「何でもないの……」
 透明な声のつぶやきは、その表情と相反していた。
 深く考え込むように、燈子は口を引き結ぶ。
 どうしたんだ? と、問いを重ねずに、少年はためらいがちに手を伸ばした。
 小さい少女の、華奢な肩にそっと手を乗せる。
 力を入れたら、壊れてしまいそうだ。
 燈子は極限まで薄く削った玻璃でできているように思えた。
 だから、透明で、キラキラとしていて、美しい。
 宗一郎は慎重に力加減をして、その小さい肩を抱いた。
 抵抗もなく少女の体は、少年に預けられる。
 少女の黒くて、細い髪がサラサラと零れた。
 宗一郎は、ヒヤリとする。
「燈子」
 名を呼ぶと、悲しげな表情を浮かべる。
「何でもないの……」
 燈子は小さく繰り返した。
 とても辛い事柄に耐えるように、少女は瞳を伏せる。
「打ち上げ花火みたい、って思ったの」
 甘く切ない響きを宿す声に、宗一郎はドキリとした。
 少女が透明な玻璃でできているとしても、その心の中までは見透かすことはできない。
 その青い哀しみまでは、少年は理解することはできないのだ。
 それは硝子にふれられても、その中身の水まではふれることができないのと同じこと。
 切ない距離を感じた。
「そうか」
 宗一郎はそう言うと、少女の頭をなでた。
 どれ程知識があっても、足りない。
 今、少女にかける言葉が見つからない。
 少年はため息をかみ殺した。


 恋って、打ち上げ花火にみたいって思ったの。
 パッと咲いて、パッと散る。
 あとには、何にも残らないの。
 そう思ったら、とても悲しくなったの。
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