11.星の砂



 爽やかな風が渡る。
 庭の木々の梢を揺らし、香りを運ぶ。
 まさに青風が渡る季節の到来だった。
 空には表情があり、緑はまばゆいほど輝き、小さな白い花々が咲き初める。
 宗一郎は、のんびりと庭を散策していた。
 今日は、燈子がまだ来ない。
 いつもと同じ休みの日なのに、物足りなく感じるのは、それゆえだった。
 鮮やかな色彩の中にいるというのに、寂しいと思う。
 宗一郎は立ち止まり、空を仰ぐ。
 白い雲が音もなく流れていく。
 いつものように太陽はそこにあって、地球を照らしている。
 その距離がせつない。
 だからといって、自分から燈子に逢いにいって、騒ぎを大きくしたくない。
 無力な自分に許されているのは、心の中で想うことだけだ。
 へたに騒ぎを起こせば、今までの苦労が無為になってしまう。
 良く考え、行動をしなければならない。
 宗一郎の言葉一つで、小さな幸せは壊れてしまうのだ。
 だから……。
 逢いたいと思っても、逢いにいってはいけないのだ。
 宗一郎はため息をついた。
 世の中ままならないことが多すぎる。
 早く「外」に出たい。
 無駄な思考を振り切るように宗一郎は歩き出す。
 ふいに感じる暖かな気配。
 迷わず近づいてくる。
 それは明確な足音になる。
「宗ちゃん!」
 透明な声が嬉しそうに名を呼ぶ。
 時代がかったドレスの裾に奮闘しながらも、燈子は駆けてきた。
 聖母青のオーバードレスに象牙色のペチコート。
 つばの広い帽子までがワンセットだった。
 時計の針が逆回りしているようだった。
「似合う?」
 燈子は小首をかしげて尋ねる。
「ああ」
 宗一郎はうなずいた。
 似合いすぎるのが嫌だったが、燈子は人形のように愛らしかった。
「早与子さんからもらったの」
 燈子はニコニコと告げる。
 母が少女趣味なのは良く知っているので、男に生まれてきて良かったと、宗一郎は思う。
 宗一郎が男だからこそ、燈子まで巻き込まれることになったのだが。
 自分に姉か妹がいれば、話はすんなりと収まったのだろう。
 長老たちが零す事柄を再確認してしまった。
「宗ちゃんにあげる物があるの!
 ここに来たら、早与子さんに逢ったの。
 そして、こっちに来なさいって呼ばれたの。
 だから遅くなったの」
 燈子は全てを語ろうとするために、話があちらこちらに広がってしまう。
「気にしていない」
 宗一郎は微笑んだ。
 燈子ははにかむ。
 つばの広い帽子を取り、小さな頭を宗一郎の腕に押し付ける。
 宗一郎はその頭をなでてやる。
 嬉しそうに、燈子は笑う。
 それから、ポケットから小瓶を取り出した。
 小指の先ほどの小さなガラス瓶だった。
 その中には、白い砂が入っていた。
「宗ちゃん、好きでしょ。
 星の砂って言うんだって。
 南の島でしか取れないんだよ」
 燈子は小瓶を差し出す。
「ありがとう」
 宗一郎はその小瓶を受け取る。
 そして、燈子の頭をなでる。
 「外」にはたくさんのものがあって、自由だ。
 けれども、そこに行くことは許されていない。
 隔離された世界の中で、小さな幸せを噛み締めた。
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