第二話 「歌」

「赤い目って、赤いんじゃなくて、血管が透き通ってるんでしょ」
 ヘーゼルの目をした少女が言った。
 抱えたA4のファイルケースが大きく見える。
 まだ、4つか5つ。
 癖の強い金褐色の髪が、少女の容貌を天使のように見せる。
「…………」
 赤い目の少年は押し黙る。
 今日の授業で、教師が何の気なしに話したことだった。
 この船の人の特徴を簡単に説明しただけで、別に少年のことを陥れる類ではなかった。
 けれども、少年は口を引き結び、うつむくよりなかった。

「    」
 少女は言った。

 ◇◆◇◆◇

 この時代、人々は星の海で放浪していた。
 星の数ほどの船があり、その一つ一つが異なる役割を持っていた。
 国の中枢であったり、家庭であったり、学校であったり、病院であったりと。
 さまざまな船は大きさこそ違うものの、人の生活する場所であるということに変わりなかった。
 もちろん、薔薇の研究院と呼ばれるこの研究所も、また船の一つであった。
 意識集合体が公平な審査で選んだ、優秀な頭脳と高い道徳心を持つ研究員たちは、今日も研究にいそしんでいた。

「ディエン先輩」
 そう呼ばれた17、8の少年は立ち止まる。
 珍しくない黒髪の少年は、目立ちすぎていた。
 わざと耳飾りを見えないようにしているような髪形に、色眼鏡。
 着崩した制服は、研究員には見えなかった。
「どうしたんだ?」
 ディエンは尋ねた。
 ヘーゼルの瞳の少年が駆けてくる。
「真珠の研究院へ行くって聞いたんです」
「貧乏くじを引いたもんだ。
 2分の1なんて、運が悪い」
 ディエンは薄く笑う。
 薔薇の研究院と真珠の研究院の共同計画・第一期が始まる。
 壮大なプロジェクトにあたり、研究員の半分を交換することになった。
 二つの院の研究員を収納できる巨大船は、残念ながらない。
 仕方なしの『上』の判断だった。
「その格好で行くんですか?」
「珍しく制服を着てみたんだが、似合わないのは自分がよく知っているさ」
 ディエンは色眼鏡のフレームの端を抑える。
「いえ、制服じゃなくて、その髪ですよ。
 切らなくて大丈夫なんですか?」
「ここじゃ、誰も文句を言わないさ」
「でも、真珠では言われるかもしれませんよ。
 『高慢』なんでしょう?
 真珠の人たちは」
 ヤナは苦笑した。
「あっちで切れといわれたら、考える」
「ディエン先輩らしいですね。
 真珠でも頑張ってください」
「そっちも気楽にやれよ」
「頑張ります。
 お気をつけて」
「まあ、何とかなるさ。
 知り合いもいるからな」
「へー、意外ですね。
 研究院が違うのに」
「だから知ってるんだよ。
 真珠が高慢だって、な」
 ディエンはニヤリと笑った。



 真珠の研究院のセントラルロビー。
 研究のパートナーの姿を探す人であふれていた。
 『上』が選んだベストパートナーの顔を、ほとんどの者がホログラフィで見ている。
 だから、あっという間に見つかるはずだった。
 が、ディエンの待ち人はいないようだった。
 少年は色眼鏡を取り、長い髪を襟足でくくる。
 それから、人待ち顔の妙齢の女性に近づく。
「失礼。
 シユイ研究員をご存知ありませんか?」
 余所行きの口調で尋ねた。
 女性はしばしぼんやりした後
「シユイでしたら、たぶん自分の研究室です。
 場所は、A棟の1−12です」
 と夢見心地のような声で教えてくれた。
「ありがとうございます。
 親切で善良な貴婦人」
 芝居がかった礼をすると、ディエンはベストパートナーの研究室に向かうのだった。
 もちろん色眼鏡をかけなおし、髪をほどいてから。

 セントラルロビーからかなり遠い場所にA棟はあった。
 1階の角部屋に『A1−12』の金属プレートを発見するまで、一眠りできそうな時間を要した。
 らしいと言えば、らしい。
 幼なじみは、あまり変わっていないようだった。
 音もなく開いた自動扉。
 途端、音が広がった。
 サイレント・ソングと呼ばれる機械音ではない。
 最先端を行く真珠の機械の多くは完全無音だ。
 弦楽器が奏でる序曲。
「再会にふさわしく、選曲してみたの。
 無音が嫌い、と<B>で記入されたら、無視できないでしょ」
 そろそろ女性と呼んだほうが似合いの少女が言った。
 均整の取れた肢体を包むのは、窮屈な制服。
 金褐色の巻き毛は楽しげにそれを彩る。
 理知的なヘーゼルの瞳と気高い花の唇。
 愛らしい天使は、気品あふれる女神になった。
「大歓迎されてるみたいで、嬉しいねー」
 ディエンは言った。
「棒読みで言わないで」
「セントラルロビーまで来て欲しかったよ。
 マイ・スィート・ハート」
 道化のようにおどけて、少年は言った。
「効率よく仕事をしましょう」
 シユイの白い手は樹脂のデスクの上に、参考になりそうな資料を重ねていく。
「ベスト・オブ・イヤー狙いかな?
 シユイ研究員殿は」
 ディエンは真新しいデスクにつく。
 少年の体格を計算に入れたデスクは、悪くない居心地だった。
「ええ、そんなこところよ」
「野心にあふれる女性も、また魅力的だ」
 茶化しながら、ディエンは資料を起動させていく。
 次々に映し出されるのは『世界』だった。
「世界創造ねー、神様の領域だ」
「信心深くなったものね」
 少女は言った。
「懐古趣味と一緒にいるせいかねー」
 ディエンはホログラフィを見つめる。
 一つの恒星と複数の惑星からなる銀河が浮かんでいる。
 造形美あふれるデザインだった。
 惑星一つ作るのと違って、メンドーな作業が待っているだろう。
 少年はためいきをついた。
「今、面倒だと思ったでしょう」
「ご名答」
 降参と、ディエンは手を上げた。
「研究というのは、面倒なことばかりよ。
 よく研究員になったわね」
「好きな女の子のケツを追っかけてね。
 気がつけば、秀才と呼ばれる程度には、優秀な研究員となったわけだ」
「?」
「って言ったら、満足?」
 ディエンは笑った。
「軽口を叩くぐらいには暇みたいね。
 あなたのプランが聞きたいわ。
 話してちょうだい」
 ヘーゼルの瞳がディエンをにらんだ。
 昔と変わらず、それすら魅惑的だった。
「妥当に、惑星は全て異なる特性を持ち合わせ、有生物惑星は3つ。
 うち、1つは高等生命体がいる。……は、期間的に無理だなー。
 サイズは、もうちょっと縮小したほうがいい。
 岩石やガスだけの惑星がたくさんあるより、密度の高い惑星の方が受けがいい」
 ディエンは資料の数値を確認しながら、計算していく。
 好きなだけできる自分だけの研究とは違う。
 決められた期間の中で、成果を出さなければならない。
「高等生命体にこだわるのね」
「永遠のロマンでしょ」
「興味がないわ」
 少女は断言した。
「あー、そう?
 ま、人それぞれ」


 研究開始と共に、方向性が決まってしまったので、やることは味気のない作業になってしまった。
 来る日も来る日も、黙々と作業。
 朝起きて、世界の反応を確認して、食事を取り、今日の目標数値を確認して、数値を目指して作業をし、途中食事を取り、また作業。
 それが終業の時間まで続く。
 明日の数値を確認して、解散。
 それから、遅い食事をして、入浴をしていたら、就寝の時間が近い。
 機械のような生活にディエンは、飽きた。
 研究なんてどこでも同じ、他のペアも作業の工程はほぼ一緒だろう。
 が、会話のない生活は言葉を忘れてしまうんじゃないかという不安がわいてくる。
 そう、まったくディエンとシユイは会話をしていなかった。
 話しかけても、ほとんど無視される。
 きちんと返ってくるのは挨拶ぐらいだった。
 とうとう耐えられなくなったディエンは、ヤナに電話をした。
「ディエン先輩。
 お久しぶりですね。
 元気ですか?」
 音声のみの電話が後輩の声を届ける。
 その背後で、懐かしいサイレント・ソングがする。
「全然ダメ」
 ベッドにドサッと寝転がる。
 いやに白い光が天上から降り注ぐ。
 真珠は、名の通り真っ白な光がいつもある。
「え?
 成果がはかばかしくないんですか!?」
「そっちは順調、快調、絶好調。
 この調子なら、Sもらえそうですよー」
 ディエンは苦笑する。
「すっごい自信ですね。
 こっちは惑星一つ完成するか、ドキドキしているのに」
 初めての世界創造に携わった後輩は、緊張を伝える。
「イールンがいて、惑星一つとは」
「ディエン先輩、彼女を知ってるんですか!?」
「こっちのトップだよ。
 最年少で、最優秀だって。
 ベスト・オブ・イヤーは、5年連続受賞してるんだとさ。
 有名人過ぎて、こっちじゃ知らないほうがもぐりみたいだよ」
 話しながら、ディエンは永遠の2番手に甘んじている少女を思い出す。
 イールンは破格の出世をし、空前絶後の成果を出している。
 それでも、ディエンやシユイは周囲から『天才』と呼ばれるほど、若く、才能がある。
 卑屈になる必要はなく、成果を焦る必要はどこにもない。
「そんなすごい人なんですね……。
 彼女、自分のことをあまり話さないから、薔薇では話にもなっていませんよ」
 穏やかな口調で、ヤナは言う。
 どうやら、稀代の天才とは上手くいっているらしい。
「で、惑星一つですますなんて、どんな口説き文句を使ったんだ?」
「く、口説くって!
 惑星一つと決めたのは、彼女です。
 たぶん、僕のレベルに合わせてくれたんだと思います」
 喜怒哀楽に素直な後輩は、音声だけでも素直だった。
 やや寂しそうな、それでも前向きな声が言った。
「なるほど」
「ディエン先輩、お知り合いと再会できましたか?」
「ペアがそう」
「だから、成果が出てるんですね。
 良かったですね」
「本当に、そう思う?」
「え?」
「あー、どうして研究員になったんだろう」
 ディエンはごちる。
 脳裏に同い年の少女の冷たい横顔が浮かぶ。
 巻き毛の天使は、豊穣の女神のように美しくなっていた。
 が、その顔には笑顔がなかった。
 愛想の良いブスの方が、可愛いというものだ。
「この前、天職だって言ってませんでした?」
「もう、過去だしー」
「素行はともかくとして、薔薇が誇る研究員だって、みんな言ってますよ」
「みんなってことは、ヤナは思っていないわけだな」
「あー、そのー。
 やっぱり、きちんと身だしなみを整えたほうがいいと思います。
 そう言えば、髪は切ったんですか?」
 ヤナは不器用に話を変える。
「全然、何も言われない」
 ディエンは女のような長い髪にふれる。
 髪の短い女はかなりいるが、髪の長い男はほとんどいない。
 わずかにいる長髪も、多くは肩を覆う程度だ。
 ディエンのように腰を超える長さの男は、珍しいを通り越す。
 研究院長に初日に「切れ」と言われたが、シユイは何も言わなかった。
「さすがですね」
「興味がないからだろうなー」
 ディエンは呟いた。
「え?」
「こっちのことだ。
 ヤナが元気そうで、俺も嬉しいさ。
 期間終了まで間近だ。
 後悔しないようにな」
 最後のほうは自分に向けた言葉になっていた。
「ありがとうございます。
 ディエン先輩も、頑張ってください」
「じゃあな」
「はい」
 そこで電話を切った。
 ディエンは真っ白な光を見つめる。
 無音がひどく辛かった。
 サイレント・ソングを聴いたせいだろうか。
 ディエンは起き上がり、研究室に戻った。

 必要最低限だけの照明が灯った研究室は、ちょうど良かった。
 真珠は、明るすぎて、息苦しさを感じていた。
 完成間近の銀河がホログラフィの中で息づいていた。
 まだ名前のない銀河。
 研究の成果。
 生命の歌が聞こえてきそうだった。
 ディエンは満足するまで眺め、自分用の端末をいじる。
 ショートカットには、いくつかの曲が入っていた。
 コンチェルトが始まる。
 ほっと息をつき、椅子に身を沈めながら、思う。
 無音恐怖症は治りそうにないようだ。
 このままうつらうつらと眠ってしまいたい。
 音楽が心地よかった。
「ディエン研究員?」
 その声に、ハッとする。
 目を開けると、シユイが目の前にいた。
「音楽が聞こえてきたから。
 すぐ隣の部屋を寝室に使ってるのよ。
 A棟は、人がほとんどいないから、部屋が空いているの」
「安眠を妨げたようで」
 皮肉げに笑む。
「音楽が好きなのね」
 シユイはホログラフィの前まで椅子を引いてきて、座る。
「無音が嫌いなんだ。
 シユイ研究員殿には、気を使ってもらってばかりだ。
 弦楽器のディスクをご用意してくださるとは、ね」
 初日以来のまともな会話だった。
「持っていた音楽ディスクから適当に選んだだけよ」
「真珠が懐古趣味ねー」
「嫌う人も多いわね。
 それが、A棟にいる理由の一つよ」
 少女は気負いなく言った。
 どうやら、複数の理由があるらしい。
 そのうちの一つは、ディエンが想像しているものだろう。
「てっきり、無音好みだと思っていたな。
 棟の角部屋だったし」
 視線を感じ、ディエンはホログラフィから目を離す。
 ヘーゼルの瞳が、こちらを熱心に見ていた。
「混じりけのない血の色ね」
 シユイが言った。
 少年は、顔を強張らせた。
 色眼鏡をかけ忘れたのは、真珠に来て初めてのことだった。
 どうにも気が緩んでいたらしい。
「分類的には、真紅らしいな。
 書類は、みんなそう書いてある」
 ディエンは言った。
 世間話の一つだ。と自分に言い聞かせる。
 それでも心臓は正直で、脈拍は上がっていく。
 どうしても乗り越えられなかった過去の記憶。
 くりかえし思い出すために、克明に覚えている。
「研修生になる前に、一度そのことであなたを傷つけたわ。
 あの直後に、あなたは薔薇の研究院を選んだから。
 ……ずっと気になっていたの」
 椅子の上で膝を抱え、シユイはうつむく。
 金褐色の巻き毛が肩からこぼれて、ホログラフィの淡い光を受けて、きらきらと輝く。
「そんなこともあったかなー?
 まあ、女性に気をかけてもらうのは、大歓迎だ」
「子ども時代は、比較的仲が良かったでしょう。
 だから、研究院が別れると知った夜は、泣いたわ」
「そんな熱烈な想いは気がつかなかったな。
 もったいない事をしたもんだ。
 その頃には、無音恐怖症がはっきりしていたから、真珠を選ぶことはできなかった。
 真珠以外の研究院の研修生しか、道はなかった。
 それだけだ」
 ディエンは微苦笑した。
「気持ち悪い、って言ったこと謝るわ。
 ごめんなさい」
 シユイは心底、悔いているように言った。
 あの時の言葉の裏にあった真意はともかくとして、謝罪されたのだ。
 ディエンのこだわりはともかくとして、あれはもう過ぎ去った日々の中の一コマ。
「気にしてない」
 少年は言った。
「優しいのね」
「ようやく、魅力に気がついてくれたかい?」
「前から知ってるわよ。
 おやすみなさい」
 豊穣の女神は立ち上がると微笑んだ。
 愚かな男がぼーっと眺めている間に、女神は部屋を出て行ってしまった。


 残りの期間は順調に、会話のないまま過ぎた。
 共同計画・第一期終了日。
 二人は自分たちの手から離れる銀河を見つめていた。
 モニター越しの世界は、調和が取れ、美しかった。
「これ以上、手を入れるところは見つからない」
 シユイは興奮気味に呟いた。
「やがて、進化樹をたどり高等生命体が生まれるだろうし。
 まずまずの出来だろうな」
 ディエンは色眼鏡越しに、世界を見る。
 長かったような、短かったような期間だった。
「前々から思っていたんだけど、高等生命体にこだわるのは、どうして?」
「永遠のロマンだからさ」
「私にも理解できるように教えてくれる気はないわけ?」
 細く白い指先は自分の巻き毛をクルクルと巻き取る。
 幼なじみの直らなかったクセに、ディエンは大げさにためいきをつく。
「高等生命体は、人の可聴領域で歌を歌う。
 それは、無音よりも素晴らしい気がするんだ」
 気恥ずかしくなる理由を告げる。
 ロマンというよりも、子どもじみた執着だった。
「納得したわ」

 そして、タイムリミットがきた。

 唐突にモニターがブラックアウトした。
 ディエンは腕時計で、時間を確認する。
「ありがとう、ディエン研究員。
 あなたはとても優秀な研究員だったわ。
 格好はともかくとして」
「最後は余計だ」
「一度、あなたと世界を創造してみたかったの。
 短い期間で、かなり無理があったけど、夢が叶って嬉しいわ」
 やや興奮気味に少女は言った。
「ベスト・オブ・イヤー狙いだと信じていた」
「そんなものは、いつでも狙えるわ。
 でも、研究院の違うあなたと、同じ研究をするチャンスはもうないかもしれない。
 だから、全部詰めこんでみたの。
 あの銀河が私の持てる技術の全てよ」
 自慢げにシユイは言う。
「審査が終了するまで、見れないのが残念だ。
 もっと見ておけば良かったよ」
 ディエンは肩をすくめてみせる。
「毎日、見ていたのに、まだ見ていたいの?
 本当に研究熱心ね」
 シユイは呆れたようにディエンを見た。
「君の分身だと思えば、毎晩抱きしめたいところだね」
 ディエンは感傷的なことを口にした。
「懐古主義的に言えば、共同研究なんだから、私たちの子だわ」
「どうせなら、リアルでも作らない?」
「まだ子どもを生むような年じゃないわ。
 子育てで研究の時間が減るのは、我慢できない」
「確かに」
「それに、銀河があるから寂しくない。
 惑星と違って、永久よ」
 星を愛する精神は変わっていないらしい。
 現実を語るときに比べて軽く数倍は、幸せそうだった。
「それもそうだ」
 ディエンは言った。
 別れの時間が近づいている。
 今日を含めて48時間以内に、自分の研究院に戻らなければならない。
 もちろん、報告書を提出後は自由時間で、真珠に遊びに来てもかまわない。
 が、遊びに来る理由はない。
「良い研究だった」
 簡潔な言葉しか思いつかなかった。
「ありがとう」
 シユイは微笑んだ。
「笑ってるほうが、美人だ」
「あなたも眼鏡を外したほうが、ハンサムね」
「……他人の外見に興味があるとは、思わなかったな」
「あなたがセントラルロビーで声をかけたのは、私の友人なの。
 ハンサムだって言ってたわ。
 だから、ハンサムなんでしょ。
 星たちと違って、人の美醜は難しいわね」
 シユイは大真面目に言った。
 ディエンは失笑した。
「そろそろ、薔薇に戻るよ」
 後ろ髪を引かれる思いがした。
「心配しないで、夜こっそりと泣いたりしないわ」
「おや、残念だ」
 それじゃあ、とディエンはきびすを返した。


 薔薇の研究院と真珠の研究院の共同計画・第一期。
 ディエン研究員とシユイ研究員は、優秀な成績を修め、その研究は表彰される。
 評価はS。
 ベスト・オブ・イヤーに選ばれることとなる。
 その銀河は「完璧な銀河」と評された。
 シユイ研究員がつけた名は『調和音(ハーモニー)』
 ディエン研究員がそれを知るのは、だいぶ後のことだった。
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素材【evergreen】

2006年上半期「歌」
参加作品