世間話

 鳥陵の王都・朱鳳。
 皇帝のいます鳳凰城のさらに奥まった一室。
 いわゆる後宮に当たる場所で、晩秋には義兄弟になる関係の二人は世間話をしていた。
 朝議が滞りなく終わり、昼餉には少し早い時間。
 人払いはきっちりされている。
 聞き耳を立てるような天官はいない。
 鳥陵皇帝は身の回りの世話をされることが大嫌いなのだ。
 これはホウスウの、というよりも飛一族の悪癖だろう。
 亡くなった兄もそうであったし、妹も変わりがない。
 前の王朝であるエイネンを習って、形式的に六官の一つとして天官は置いているものの、そんなのは朝議の中だけでかまわない。
 第一、鳥陵は尚武の国。
 剣を扱えない男子はいない。
 ホウスウとて即位前は戦場に立ったのだ。
 それに緑の瞳の大司馬がいる。
 歩く暗器、と呼ばれる絲一族の最高位である緑が赦された青年がいるのだ。
 そこら辺の護衛よりも優秀な働きをしてくれるだろう。
 青年が本気で殺しにかかってきたら、ホウスウとて危険はあるだろう。
 が、ソウヨウは裏切れない。
 何故なら青年が恋着しているのは、ホウスウのたった一人の可愛い妹なのだから。
「自分の邪魔になるものは消してしまえば良い」
 違いますか? と、緑の瞳が問う。
 口元に歪んだそれは微笑みに似ていた。
「消す、か」
 嵐の夜のような色の瞳を持った皇帝にも、笑みが浮かんでいた。
 苦笑とも取れるような。
 鏡で映したように、そっくりな笑みだった。
 見る者がいたならば怖気が走ったことだろう。
 笑みに似た表情をしていながら、その目は笑っていないのだ。
 白刃のようにぬらぬらと濡れている。
「鳳様が教えてくださったんですよ」
 ソウヨウは穏やかに言った。
「森の中の木の葉が一枚、消えても誰も気づかない。
 だが、充分に育った……しかも大樹になるような若木が消えたら、目聡い者は気づくだろう」
 幼子に教え諭すように、ホウスウは静かに言った。
「では、目聡い者ごと消してしまえば良いんです。
 そうすれば、もう誰も喋りません」
 緑は茶に近いが、言葉を尽くしても緑でしかない。
 両者は良く似ているが、違う。
 緑の瞳を持つ異民族の青年は罪悪の欠片すらなく、言い切った。
「玉棺が好きそうなやり方だな」
 滅ぼした国の名前を、鳥陵皇帝は言った。
「そこそこの効果があったようですね。
 民の十分の一は消えたと聞きますよ。
 それでも国は瓦解しませんでした」
 歴史を紐解くようにすらすらとソウヨウは事実を語る。
「短命な王朝など、恥さらしだろう」
「大丈夫ですよ」
 青年は笑みを深くする。
「史家がどのように記すのか。
 それを鳳様が目にすることはありません」
 死んでいますから、とさりげなくソウヨウは言った。
 とても楽しいことを思いついた時の子どものように、くすくすと笑う。
「面白くない冗談だな」
 ホウスウは言った。
 青年は人形のように、わざとらしく首をかしげた。
 ゆっくりと頭を戻して
「本気なのですが?」
 ソウヨウは言った。
「私は、この国と民を守っていくと決めたのだ」
「ご立派な心がけですね。
 いっそのこと、この国のためにならないから、首をくくれと命令したらどうでしょう?
 効果的だと思いますよ」
「人心掌握に、恐怖を使うのは下策だ。
 より大きな恐怖が訪れれば、人民の心が離散する。
 それに、疑心暗鬼を生む世界では、負の無限連鎖が起こる」
 ホウスウはためいきをついた。
「信頼、絆、愛情、義。
 そんなもので天下が治まるのでしたら、とっくの昔に治まっていますよ。
 誰だって、他人に言えない秘密を抱えながら、怯えながら生きてるんです。
 利用できるものは最大限に活用しなければ」
 シキボの……色墓の民の総領は断言した。
 絶望という単語の意味を知らずに、育った子どもが言う。
「そんな夢のような世界があっても良いだろう」
「実現できないから、夢と言うんですよ」
 さらりとソウヨウは言った。
 手に入るなどと微塵も期待していない。
 想像すらしたことのない。
 そんな顔だった。
「過不足のない人間はいない。
 そして、変わらない人間はいない」
「持論ですか?」
 ソウヨウは尋ねた。
「時間に賭けてみるとしよう。
 こう見えても、賭け事は得意だからな」
「負けなしですか?」
 妹の婚約者が尋ねる。
「大負けしたのは、一度だけだ。
 それすらも、十六夜が帳消しにした」
 運命という言葉を、もう一度、信じる気になった。
「姫が……。
 お強いんですね」
 見当外れのことをソウヨウは言った。
「そうだな」
 ホウスウは微笑んだ。
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