碧桃の花精 後日談


「何書いてるの?」
 ホウチョウはソウヨウの手元を覗き込む。
「おはようございます、姫」
 ソウヨウはホウチョウと目を合わせる。
「おはよう、シャオ」
 今日もご機嫌良く、十六夜公主は微笑んだ。
 上質の紙には、今書き終えたばかりと見える文字が並んでいた。
 白い紙に黒々とした墨色も美しく、堂々した筆運び。

 碧桃下佳人
 満薄紅之花
 陽之光燦然
 天久即地永
 鳥永久歌歌

「率直な詩ね」
 ホウチョウは言った。
「技巧、一つありませんけど」
「シャオが作ったの?」
「まさか。
 碧桃の下で佳人に逢ったことはありません。
 私なら『花薔薇の園に佳人在り』です」
 ソウヨウは言う。
「じゃあ、誰が作ったの?」
 ホウチョウは小首をかしげる。
 兄が作った詩とは思えない。
 詩はとても素直に喜びを詠い上げている。
 飾りげのないところが新鮮だが、洒落者の兄は死んだって作らなさそうな詩である。
「これはシュウエイの作です。
 字が下手だから、お手本を作ってあげているのですよ」
 ソウヨウは教える。
「ふーん、そうなんだぁ」
 碧桃の下 佳人あり
「メイワのことね」
 ホウチョウは嬉しげに笑う。

 碧桃の下で美しい女性に出会った。薄紅の花が満開で、陽の光が燦然と輝いている。天も地も永遠に不変なように。鳥が喜びの歌を歌っている。

「あれ?
 でも、メイワが昔もらったお手紙はとても綺麗な字だったはずだけど……。
 どうして、お手本がいるの?」
「シュウエイはとても悪筆ですよ」
「?」
「でも、誰でも達筆になる方法があるんです。
 簡単ですよ。
 字が上手な人に頼んでまずお手本を原寸で書いてもらうんです。
 その上に薄い紙を乗せて、丁寧に写せばそれなりに読める字になります」
 ソウヨウはニコニコと言った。
「……。
 伯俊って一生懸命な人なのね」
 ホウチョウはニコッと言う。
「評価は人それぞれですけれどね。
 メイワ殿のために頑張っていることだけは、認めてあげなければいけませんね」
 ソウヨウは言った。
「ねー、シャオ。
 私も詩が欲しいなぁ」
 ホウチョウはソウヨウをジーッと見上げる。
「……努力します」
 ソウヨウは困りながらも嬉しそうに言った。
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