第三章

 新しい友達ができた。
 その子は、一つ年下の男の子。
 ホウチョウはその子が好きだった。
 その子はとても大人しくって、いつも書を読んでいて、探し出すのは簡単だった。
 内宮の廊下を渡り、院子を見遣ると、彼はいた。
 九歳にしても、小柄な少年はうつむき加減に庭を歩いていた。
 小さな小さなその背を更に小さくして。
「ソウヨウ!」
 ホウチョウは呼びかける。
 少年は立ち止まらず、梅林の方に歩いていってしまう。
 少女はコクリと小首をかしげる。
 声が小さかったのかもしれない。
「ソウヨウ!!」
 ホウチョウは再び呼ぶ。
 それでも、ソウヨウは気がつかない。
 少女は仕方がなく、少年に走り寄る。
 その小さな肩を軽く叩く。
 ビクッとそれは揺れ、肩越しの緑がかった茶色の瞳は、驚きで見開かれていた。
「何度呼んでも、気がついてくれないんだもん。
 ……考え事でもしていたの?」
 ホウチョウは訊く。
「いえ……、その……」
 ソウヨウは向き直り、困ったように笑った。
「ん?」
「……名前に気がつきませんでした」
 少年の言葉に、少女はきょとんとした。
「ソウヨウと言う名前は、チョウリョウに来てから賜ったものなんです。
 まだ、あまり自分の名前だと言う実感がわきません……」
 申し訳ございませんでした。と、少年は頭を下げた。
「つまり、ホントは違う名前なの?」
 ホウチョウは訊いた。
「いえ、それは違います。
 私は絲・蒼鷹です。
 ソウヨウという名が、本当の名前です」
「よく、わからないんだけど」
 少女の顔が曇る。
「まだ、新しい名前に慣れていないんです」
「ふーん、そうなんだあ。
 ソウヨウって綺麗な名前よね。
 名前を貰うって、スゴイことなんでしょう?」
「そうですね。
 大変、名誉なことです。
 ましてや私はヨウ(鷹)の字を頂きました。
 私がチョウリョウの民の一員として生きていけるように、と言う温かい配慮を感じられます」
「ソウヨウって名前、好き?」
 ホウチョウはニコッと笑う。
「はい、大好きです」
 ソウヨウはうなずいた。
「でも、名前呼んでも気がついてもらえないのイヤだなぁ……。
 んー、愛称とかない?」
「うん!
 家族とか、友達とか、呼ばれていた名前ない?」
「……、故郷では……。
 シャオ……と呼ばれていました」
 ソウヨウは言った。
「シャオ(小っちゃい)?」
「はい」
「シャオって呼んでもいい?」
「はい、姫さえよろしければ」
 少年は、はにかんだ。
「うん!
 シャオ、遊ぼっ!」
 ホウチョウは手を差し出す。
 ソウヨウは照れながら、その手を握り返した。
 二人は顔を見合わせて、笑った。
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