第七章

「ねー、シャオ」
 お日様みたいにぽかぽかした、あったかい声。
 一つ年上の少女。
 彼女は陽だまり。
 その微笑みも、彼を呼ぶ声も、その存在も。
 全部……冬の間、焦がれてやまない春のように。
 あったかい。
「シャオは」
 懐かしい音の綴りで、名を呼ぶ。
 シャオ。
 今はいない伯父や従兄たちが、自分を呼ぶために選んだ音。
 同じ年頃の子たちと比べても、小さな体をしていたから、丈夫に育つようにと。
 願いが込められている。
 切なくて、胸が苦しくなる名で、……呼ぶ。
「これが夢だったらよかったのになーって。
 思うことがある?」
 ホウチョウは無邪気に訊く。
 シキョ城しか知らない少女は、とても大切に、守られている。
 恵まれていて、妬ましくなる。
 いつでも、思っている……ことを少女は問う。
 サラッと、彼女は言う。
 九歳のあの日。
 ソウヨウの家も、故郷も、帰る場所も、家族も……。
 戦火によって、燃やし尽くされてしまった。
 目の前の少女の父と兄の手によって。
 何もかもなくしてしまった。
 戦乱の世、恨みよりも、無くしてしまったモノの大きさを今更ながらに知って、喪失感に立ち尽くす。
 惜しむ。
 別離による怒りよりも、もう戻らない過去を懐かしいと思い、漠然と寂しいと思う。
 ……夢ならよかった。と、何度も思った。
「たとえば、メイワに怒られたときとか。
 ないしょで抜け出したことがバレたときとか。
 たまーに、思うの。
 これが夢だったらよかったのに、って」
 ホウチョウはクスクスと笑う。
「私は……。
 私には、よくわかりません」
 ソウヨウはうつむいた。
 自分の答えはあまりにも、少女の問いにそぐわない。
 彼女の幸せを壊したくない。
「……そう?
 ふーん。
 わたしはけっこう、あるよ」
 ホウチョウは言った。
「でも、逆に。
 これが夢じゃなくてよかった! って。
 思うこともあるの!」
 元気な声に釣られて、少女の顔を見る。
 ホウチョウはめいっぱいの笑顔。
 本当に嬉しそうで、楽しそうで、それだけでソウヨウの心には温かいもので満たされていく。
「それはね!」
 何がおかしいのか、声がクスクスと笑っている。
 少女は少年の耳に顔を寄せる。
 吐息が耳をくすぐる。
 ほんのりと甘い花の香りがする。
 視界の端で、明るい色の髪がサラサラと流れていく。
 さわったら柔らかそうだ、と何となく見てしまう。
「あのね」
 大切な話をするように、声をひそめて。
 ソウヨウは耳に神経を集中させた。
 言い終わると少女はスッとソウヨウから離れてしまう。
 少女のふっくらとした白い頬が心なしか赤いような気がする。
 でも、それ以上に自分の方が赤い顔をしているはず。
 耳が熱い。
「わ、私も……。
 姫にお逢いできたことが……。
 ……夢じゃなくて、よかった……と思います」
 ソウヨウは、頑張って言った。
 気恥ずかしいけれど、本当のことだったから、胸を張って。
 ホウチョウの笑顔は、ますます輝いた。



 あのね。
 シャオに逢えたのが、
 夢じゃなくてよかった。って思うの。
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