第百九章

「あと、どれぐらい持つかな?」
 祭りに浮かれ騒ぐ人々を見る灰色じみた茶色の瞳は残酷だった。
「せめて、自分が生きている間は努力する、と言えないのか」
 独り言ともつかない呟きを聞き咎めたのは、宰相の鴻鵠だ。
 若い男は口の端を歪めるように笑う。
「努力したところで、何とかなるようなものではないだろう」
 この国の皇帝ホウスウは言った。
 泰平の世を実現した覇者とは思えないほど、冷淡な言い方だった。
「主上の行い次第ですな」
 太師の露禽はカラカラと笑いながら言う。
「この先、国を長生きさせるのも、滅ぼすのも、指先一つ。長く持たせたいなら、努力するのもよろしかろう。
 面倒なら、いっそのこと捨てておしまいになりますかな。
 先祖伝来の地を捨てて、母君と妹御を捨て、どこかに消えておしまいになりますか。
 それとも、また焼け野原にいたしますか。
 まあ、この老いぼれの目が黒いうちは、滅ぼさせませんよ」
 露禽はまるで孫のわがままを聞く祖父のように笑う。
「では、あと二十年は持ちそうだ」
 ホウスウは微苦笑した。



建平三年 七月

 建国祭は大いに盛大になされる。
 上は、喜び寿ぐ。
 「万世なるかな」と。
 太師露禽 曰く
 「徳をもって地を治めれば、必ずや」


 建国祭は盛大に行われた。
 現皇帝(後の、文帝)はとても喜び祝いの言葉をおっしゃった。
 『(平和が)永遠に続くだろうか。(続いて欲しいものだ。)』と。
 太師の露禽は言った。
 『陛下が徳を持って(人民のことを考えて)政治をなされれば、必ず叶うことでしょう』



 鳥陵はこの後、三百年の繁栄を続ける。
 この大陸史上、最も人民が豊かであった時代の幕開けである。
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