第六十章

 得てして、恋愛中の男女は短慮を起こしがちである。


 手に手を取り、多分駆け落ちをしようとしたんだと思われる二人をとっ捕まえ、モウキンは部屋に連れ帰った。
 二人を並べて、正座をさせる。
 その場には、メイワも困ったように出席していた。
「何も言わなくても結構です」
 モウキンはためいき混じりに言った。
 二人は押し黙り、床をじっと見つめていた。
「こうなることは見越していました。
 予測どおりの行動でした。
 計略の奇才の称号も形無しですね」
 モウキンは言った。
 ソウヨウは口を引き結ぶ。
「どうしてそう、極端に走るんですか?
 それが、将軍の地位にいる者がなさることですか?
 一言、相談してください」
 モウキンは呆れる。
 二人の行動はあまりに幼い。
 まるで、成人前の子どものようだ。
「姫。
 確かに私の言葉が足りなかったかもしれません。
 ですが……。
 もう少し考えてから行動なさってください。
 あなたはもう十九なのですよ」
 メイワは言った。
「よーく、考えたわ。
 これが一番だと思ったの」
 ホウチョウは口を開いた。
 その言葉にも、声にも、罪悪感はにじんでいなかった。
「だとしたら、準備が足りません。
 もっと、周到に計画をなさってください」
 メイワはためいき混じりに言った。
「ちゃんとすれば、メイワは怒らなかった?」
 ホウチョウは訊いた。
「捕まえることができなければ、叱りようがありませんわ」
「次は頑張るわ」
 ホウチョウは前向きな答えを出す。
 それに、モウキンは苦虫を潰したような顔をした。
「次は、困るんですが」
「だって、都に帰りたくなかったんですもの」
 無邪気な胡蝶は明るく答える。
「……。
 どうしてですか?」
「シャオと離れたくなかったから」
 ホウチョウは単純明快な答えを言う。
「だからって、駆け落ちしなくてもいいと思うんですよ。
 もっと、違うやり方はなかったんですか?」
 モウキンの顔が引きつる。
「どうして?
 愛し合う二人が引き離されそうなときの常套手段(じょうとうしゅだん)よ」
 ホウチョウはきょとんとする。
 モウキンは怒鳴りたいのをこらえて、息を吐き出した。
「姫。
 誰が、二人を引き離そうとしてるんですか?」
 メイワは床に膝をつき、ホウチョウと視線を合わせる。
「このメイワは反対しておりませんわ」
「……お兄様が、反対するかもって」
 ホウチョウは上目遣いで言う。
 この乙女の「悪いことしたと自覚しているとき」の癖だ。
「訊いてみなければわかりませんよ」
 メイワは微笑む。
「でも、きっと、反対するわ」
「まだ、訊いていません。
 お許しをもらえるかもしれません」
 メイワは穏やかに話す。
「もし、許してもらえなかったら?」
 ホウチョウは不安そうに訊いた。
「そうしたら、私も駆け落ちの手伝いいたします。
 皇太后陛下にお仕えした翼夫人のように。
 一緒に姫と逃げます」
 メイワは断言した。
 ホウチョウの顔がほころぶ。
「本当に?」
「約束します」
 メイワはうなずいた。
 ソウヨウもまた、顔を上げメイワを見た。
「ですから。
 まず、皇帝陛下にお許しを願ってみましょう」
 メイワは優しく諭す。
「うん」
 ホウチョウは元気良くうなずいた。
「モウキン殿。
 白厳様をあまり叱らないでやってくださいね。
 姫がそそのかしたに決まってますから」
 メイワは立ち上がり、モウキンに言った。
「さあ、姫。
 もうすぐ、朝になってしまいます。
 眠りましょう」
 メイワはホウチョウに手を差し伸べる。
 ホウチョウはその手と、ソウヨウの顔を見比べる。
「おやすみなさい」
 ソウヨウは微笑んだ。
「うん。
 おやすみなさい」
 ホウチョウもまた笑い、メイワの手を取って立ち上がる。
「夜分にお騒がせいたしました」
 優雅な奥侍女は、慇懃に頭を下げ、部屋を退出した。
 それに、ホウチョウもついて行った。
 二人きりになり、モウキンはためいきを零した。
「申し開きをしますか?」
 モウキンは訊いた。
「弁解の言葉もありません」
 ソウヨウもいつもの調子を取り戻したのか微笑んだ。
 ここ最近つきまとっていた翳りが消えていた。
「協力は惜しみません。
 いざって時は、頼ってください。
 こう見えても人脈はあるんです」
 モウキンは言った。
「本当ですか?」
 ソウヨウはへらっと笑った。
「いざって時だけです。
 たまには正攻法で片付けてください。
 人騒がせです」
「あの時は、そうするのが一番に思えたんです。
 人って追い詰められると視野が狭くなるんですね」
 初めて知りました、とあっけらかんとソウヨウは言った。
「そうですか、良かったですね」
「はい」
 ソウヨウはニコニコとうなずいた。
 幼子のような表情に、つい許してしまいそうになる。
「駆け落ちなんて、これっきりにしてください」
「努力します」
 ソウヨウは言った。
 モウキンは深いためいきをついた。
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