12.憂鬱



 ほんの一時が、幸福であればあるほど。
 その他の事柄が、青黒く見えてくる。


 視界はすでに青く染まっている。
 明るい昼間の空色ではない。
 夜が迫り来る黄昏の一瞬、空を横切る色。
 堕ち行く太陽に背を向けて見た空の色。
 水性インクのように、にじむ青。


 Melancholic Blue


 宗一郎はガラス戸の向こうの空を畳に転がりながら見ていた。
 今日も空は青い。
 最近は、日が短くなってきて、日が暮れるのも早くなった。
 もうすぐ、無防備な夜が来る。
 燈子はどうしているのだろうか。
 村上の目があるところでは、会話一つ交わしていない。
 不自由極まりのない生活だが、仕方がない。
 子は親に従わなくてはならない。
 子は親に仕えなければいけない。
 子は……親が悲しむようなことをしてはいけない。
 宗一郎はためいきを奥歯でかみ殺した。


 ガラス戸の向こう、キラリと光るものが飛んでくる。
 宗一郎は飛び起きて、ガラス戸を開けた。
 それは真っ直ぐ宗一郎の元に飛んできた。
 すぐさま、宗一郎はガラス戸を締めた。
 宗一郎が使用している文机の上には読み止しの詩集と、紙飛行機。
 紙飛行機にふれると、それは輪郭が溶けて別の形になった。
 真っ白な封書になる。


 宗一郎は素早く、手紙を読む。
 無口な少年に、かすかに笑みが浮かぶ。
 宗一郎は封筒をコートのポケットに突っ込むと、部屋を出た。
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