15.ため息



「はあ。
 それで、二人とも家に来たのかぁ」
 話を聞いた後、光治は言った。
 当然、口調はため息混じりであった。
 喩えれば、長々とのろけを聞かされた気分だった。
「なれば良いんじゃない?
 恋人同士に」
 あっさりと好青年に見える人物は言った。
 それを聞いた少年と少女の反応は、対称的だった。
 それが面白い、と思ったのは秘密にしておかなければ、少年の方に闇討ちされそうだったが。
 歳よりも幼く見える少女は、ニパッと笑った。
 もう、この上なく嬉しそうに笑ったのだ。
 少女のそういう表情を見てしまうと、少年の方は文句を言えなくなるのだから不思議な関係だ。
「好きなんでしょ。
 お互い、好き合ってるんだから良いんじゃないかなぁ。
 少なくとも、今よりは環境が改善されるよ」
 光治は微笑んだ。
「ですが、光治先輩。
 後戻りは出来ません」
 少年――宗一郎が言った。
 こちらは歳よりもしっかりとして見える。
 古風な山上の跡取り息子だ。
 情緒の面でやや鈍いところがあるけれど、真面目で折り目正しい少年だ。
 都会の17歳とは違う。
 背負って立つものがあるせいか、とても警戒心が強く、とても慎重な性格をしていた。
 それが、光治には可哀そうに見えた。
「若いんだし。
 過ちの一つや二つ。
 今の年寄りだって、若い頃は何をしていたか言えないものだよ」
 光治はのほほんと笑う。
「川上ではそうかも知れませんが、山上では」
 苦渋に満ちた表情はこのことだろうか、宗一郎は言葉を飲み込んだ。
「じゃあ、秘密の恋人同士ということで」
 光治は提案した。
「ヒミツ?」
 少女の瞳がキラキラと輝きだす。
 女の子は、こういう言葉が大好きなものだ。
 光治はそれを良く知っていた。
「光治先輩!」
 宗一郎も流石に語尾が荒くなる。
 そろそろキレるかな……?
 危ない危ない、と光治は内心で笑う。
「昨日の一件は、派手すぎたよ。
 この川上にも詳細がちらほらと聞こえてきたぐらいだし。
 お台所で赤飯を炊くかどうか、もめてたぐらいだ」
 クスクスと光治は笑う。
「とーこのせい?」
 不安げに少女は、傍らの少年の袖を引く。
「燈子が悪いわけではない」
 少年は断言した。
 あと、もう一押しかなぁ……?
 光治は間合いを計る。
「そういえば、燈子ちゃん。
 進路指導の紙、提出したんだって?
 渡部先生が困ってたよ」
 少女の方に話題を振る。
「え?
 困ってたの?」
 あどけなく燈子は光治を見た。
「まあね。
 進路指導しづらいからね。
 それで、宗一郎は燈子ちゃんが何て書いたのか知ってる?」
 ニコニコと光治は少年を見た。
「いえ、知りません」
 どこまでも真面目な少年は、返事をした。
 だろうね。と、光治は思う。
 知っていたら、こんな風に罠にはかからない。
「ちょっと、その紙を借りてきたから。
 宗一郎も見た方が良いと思うんだ。
 その後、結論を出せば良いよ」
 光治は親切丁寧に、その進路希望表をテーブルの上に載せた。
 宗一郎はサッとそれを読んだ後に、何とも言えない表情を浮かべた。
 喜んで良いのか、困れば良いのか、わからないという表情だった。
「僕はね。
 こういうことは、成り行きに任せてみてはどうかと思うんだよ」
 光治は言った。
 しばらくの間の後に
「はい」
 と、宗一郎はうなずいた。
 その隣にいた燈子は不思議そうに、赤面して無口になった幼なじみを見つめた。




 第三希望まで書くように欄を設けられている進路希望表には、小さな文字で氏名と第一希望だけが書かれていた。


二年次進路希望表


氏名 村上燈子

第一希望   宗ちゃんのお嫁さん。
第二希望
第三希望
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