2.宇宙



 シャーレのような揺り籠
 夜になると陽のヴェールが取り除かれて
 本来の姿に戻る
 星々の饗宴
 宇宙の息づかいが感じる


 人の気配を庭に感じて、宗一郎は本から顔を上げる。
 陽だまりのような印象に、少年の顔にかすかな笑みが浮かぶ。
 読み止しの本にしおり代わりのリボンを挟むと、閉じる。
 それから、ガラス戸を静かに開いた。
 切れるような冷たい空気が滑り込んでくる。
 春が間近とはいえ、夜となればまだコートが必要だ。
 宗一郎は縁側まで出て、人を待つ。
 程なくして、佐保姫の真紅の生垣からひょこりと燈子が現れる。
「こんな時間にどうしたんだ?」
 宗一郎は尋ねた。
「こんな時間だから来たの。
 みんな外に出ないでしょう?」
 星のような瞳が輝かせて、燈子は言った。
「確かに」
 村上の人々は、夜を恐れる。
 宗一郎や燈子は、少ない例外だ。
「お電話すると誰かに聞かれちゃいそうだし。
 お手紙を出すと、お母さんが泣いちゃうから」
 燈子は縁側に腰をかける。
 それに習って、宗一郎も座った。
「恵子小母さんは、元気か?」
 ためらいがちに少年は尋ねた。
「うん、元気だよ。
 たまに泣いているけど。
 とーこが紙飛行機を作ると、泣いちゃうの。
 お天気当てたり、来る人を当てるのは良いのに」
 指折り数えて、燈子は言う。
「それは慶事小父さんが出来るからだろうな」
「うん、そうみたい。
 お父さんも、そう言ってた。
 だから、宗ちゃん。
 お手紙を出すときはちゃんとポストにしてね」
「急用のとき以外は出さない。
 あれは疲れるからな」
 宗一郎は苦笑した。
 今は便利な世の中だ。
 軽い用事があるときは、携帯電話のメールの方が早くて、楽だ。
 苦もなく『紙』を使いこなせるのは、村上でも燈子だけだ。
「何の用があって来たんだ?」
 宗一郎は横道に逸れがちな燈子の話を元に戻してやる。
「今日は、夜空が綺麗だったから!
 いっしょに見たくなったの。
 宗ちゃんは、夜空が好きでしょ」
 燈子がご機嫌に笑う。
「その割には、空を見上げないんだな」
 宗一郎は燈子の小さい頭をなでる。
「え。
 あ、あれ?」
 困ったように燈子は目を瞬かせる。
「どうして?」
 宙を泳いでいた視線が宗一郎に定まる。
「さあ。
 どうしてだろうな」
 意地悪く少年は、夜空を見上げてしまう。
 隣に座る少女も釣られて、空を仰ぐ。


 空には五百萬の銀の鈴が輝いていた。
 宇宙に抱かれる。
 孤独な人の子らは、空を見上げて想う。
 大地を、天空を。
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