3.暗闇



 真の暗闇とは、心の闇のことであろう。
 宗一郎は、そう思っている。


 山上は、山の上にある。
 街灯も少なく、夜ともなれば帳が下りてくるように、暗くなる。
 村上の者は夜を怖がり、雨戸を閉め、ドアを施錠する。
 けれども、宗一郎は数少ない例外だった。
 この日もガラス戸越しとは言え、夜空を眺めていた。
 季節が良い頃なら、ガラス戸を開けるのだが、まだ夜は寒い。
 仕方なく、ガラス戸を閉める。

 静かな夜だった。
 風さえ渡るのを遠慮しているような、そんな夜だった。

 暦の上では春を迎え、空の方も季節が移り変わろうとしていた。
 銀の鈴を隠すように薄っすらと雲がたなびいている。
 ぼんやりとしたその雲の風情が、春らしかった。

 こんなに美しいと言うのに、どうして人々は恐れるのだろうか。

 真に怖ろしいのは、心の闇。
 そこに巣食うものが、一番怖ろしい。
 本人すら無自覚に飼うモノ。
 普段は目につかない。
 しかし、一旦心からあふれてしまえば、陽光ですら浄化できない。
 手を焼くそれの名は、……感情。


 宗一郎は、己の中のそれに、ため息をついた。
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