4.星明り



「燈子。
 今日は、宗一郎さんのところに行かないでね」
 学校から帰ってきて、おやつを食べているときのこと。
 ちょうど、どら焼きをほおばったばかりの燈子は返事ができなかった。
 燈子は慌てて、どら焼きを飲み下した。
「どうして?」
 この言葉は、二重の意味となった。

 どうして、行ったらダメなの?
 どうして、宗ちゃんと会っていることを知っているの?

「今夜はお月様がないのよ。
 危険だわ」
 母の恵子は今にも泣きそうな表情で娘に言った。
「じゃあ、お星様がキレイだね」
 全くもって、とんちんかんなことを燈子は言った。
「いくらお隣とは言え、夜は危ないわ。
 だから」
 恵子は言った。
「すぐそこだよ。
 それに今まで危ないことなんてなかったし」
 燈子は小首をかしげる。
「だから、今日は……。
 外に出たら、ダメよ。
 新月ですもの」
 根気良く恵子は言う。
「……。
 はい」
 母から何か感じ取るものがあったので、娘は納得の行かないままではあったけれど、返事をした。
 恵子はホッと胸をなでおろした。


 村上の血を引く者は、陽光を愛し、それが隠れる夜を嫌う。
 が、どこにでも例外はある。
 夜闇を恐れぬ少年は、屋敷を抜け出した。
 玄関を通るには煩雑な儀礼がある。
 ましてや、夜だ。
 反対されるのは、目に見えている。
 それでも相手側に礼を払うのは、まだ少年が「少年」らしいところであった。
 宗一郎は、燈子の家の呼び鈴を鳴らした。
 こじんまりとした西洋館は、街に建つ建売住宅と同じ形にこしらえてある。
 外者である燈子の両親に合わせて、11年前に建てられたものだ。
 程なくして、慶事がドアを開けた。
 当然の訪問に驚いているようだったが、理解のある人間だ。
 すぐさま笑顔で少年を招き入れた。
「燈子は、不貞寝していてね。
 今日、外出を禁止されたものだから。
 でも宗一郎さんが来たから、天岩戸も開くかもしれない」
 慶事はにこやかにそんなことを言いながら、娘の部屋のドアをノックした。
「燈子。
 宗一郎さんが来てくれたよ」
 ドアに向って声をかける。
 無音が続き、それから何かを引っくり返したような音が室内で響き、小さな悲鳴が上がり、ようやくドアを開いた。
「宗ちゃん?」
 勢い良くドアが開いて、燈子が現れた。
 普段は邪魔にならないように結ばれている髪がおろされていて、少年は驚いた。
「宗ちゃんだ!」
 燈子は屈託のない笑顔を見せる。
「今日は、新月なんだって!
 お星様がキレイだよ!
 いっしょに見たかったの!」
 勢い良く少女は話し出す。
 少年は途惑いながらも、うなずいた。
「ベランダならそんなに危険なこともないだろうから、そこにお茶を持っていこうか?」
 娘に甘い父は提案する。
「外に出て良いの?」
「宗一郎さんと一緒だから、大丈夫だと思うよ」
 慶事は微笑んだ。
 絶大な信頼を寄せられた少年は内心は困りつつも
「必ず守ります」
 と、断言した。
「とーこ、うれしい!」
 燈子は本当に嬉しそうに笑った。
 その笑顔に、宗一郎も幸せそうに微笑むのだった。
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