第五章

 その日は、ソウヨウがホウチョウを探していた。
 いつもと、逆である。
 少年は、少女が行きそうな場所を探す。
 柱の影、衝立の後ろ。
 宮の中にはいないような気がして、院子にも足を伸ばす。
 庭にはそれらしい人影はなかった。
 外宮に行くとは思えない。
 すると、やはり内宮。
 それも、人気のない場所。
 広い城内を隈なく歩きながら、彼女を探すのは初めてだと言うことに気がついた。
 毎日のように会っているというのに、ソウヨウはホウチョウを探したことがなかったのだ。
 この城に来てから、半年。
 それでも、二人が毎日のように会っていたのは、ホウチョウがソウヨウを探していたからだ。
 だから、一度も彼は彼女を探したことがなかった。
 今日までは。
 ソウヨウは、ためいきをこぼした。
 今日だって、ホウチョウの侍女の頼みがなければ、果たして自分は彼女を探したのだろうか。
 ひどく、自分は薄情な人間だ。
 実感すると、気分はとても重たい。
 ソウヨウはためいきを、もう一つ。
 内宮から後宮へ。
 それに至る廊下で庭先を見遣れば、花々は誇らしげに咲いていた。
 見つからない少女を探すのに、疲れてきたソウヨウはそのまま庭先に出た。
 百花繚乱。
 地上の楽園とはこのことであろうか。
 むせ返るほどの甘い香りと、幻想的なまでの色。
 鮮やかに咲く花を眺めても、何の慰めにもならにことに気がついて、少年はためいきをついた。
「ためいきをつくと、幸せが減ってくわよ!」
 聞き知った声が振ってきた。
 ソウヨウはハッとして、顔を上げた。
 桜木の枝の上。
 濃い緑を茂らせ、木陰を提供していたそれには……。
 ソウヨウは言葉を失った。
 そこにいたのは、紛れもなく少年の探し人だった。
 ただ、美しすぎた。
 普段のように少年の姿をしていれば、ソウヨウは驚かなかっただろう。
 かつて見た程度の装いであったなら、緑の瞳の少年は何かしらの美辞麗句をひねり出したであろう。
 彼女の年齢に見合った盛装。
 大人の女性のように簪も歩揺(かんざし)も挿してはいなかったし、化粧もしていなかった。
 けれども、きららかな上衣に、繊細なひだの裳。宝石の縫い付けてある帯、手首を飾る豪奢な環。
 ごく普通の娘らしい姿をしただけだというのに、少女の美しさは何倍にも増したのだった。
 庭園の花々が色褪せて見える。
「どうしたの? シャオ」
 言葉を失ってしまった少年に、ホウチョウは声をかけた。
「あ……、は、はい!」
 少年は我にかえった。
「もしかして、このカッコに驚いた?
 シャオと会うときは、男の子のカッコしてるときばっかりだもんね」
 ホウチョウはニコッと笑う。
 ソウヨウが返答に困っている間に、少女はヒラリと地面に舞い降りた。
 衣擦れの音と、玉がぶつかる音だけがした。
 まるで羽衣を隠し持っているかのように、静かに着地して見せたのだ。
「ホントはこういうカッコしているときの方が多いのよ」
「そ、そうなんですか?」
 ソウヨウはびっくりする。
 初めて会った宴の席以外、少女はいつも少年のようなカッコをしていたのだ。
「うん。
 それに、これからはもう男の子のカッコしないし。
 今まで鍛錬するときは、あのカッコしてたんだけど」
「鍛錬?」
「ええ、烈兄様に一通りの稽古をつけてもらっていたの。
 でも、それももうお終いだから」
 少し寂しそうにホウチョウは言った。
 混乱する頭を必死に、整理する。
 武芸を奨励する飛一族のこと、末の娘にもある程度の護身術を教えていたのだろう。
 それには動きづらい女性もの服よりは、少年の服装の方がいいのだろう。
 ソウヨウと会うときはたまたま鍛錬の後ばかりだった。
 しかし、その鍛錬も終わりということは――。
 これから、少女と会うときは、常にこの格好であるということだ。
 ……早く、慣れないと。
 心臓が持たない。と、真剣にソウヨウは思った。
「明日からは雛兄に舞を教えてもらうの!」
 少女はキラキラ目を輝かせて言った。
 ……本当に、早く慣れないと。
 舞う少女はどれほど美しいだろうか。
 今以上に、絶対に、綺麗だということは確信できる。
 ソウヨウは心臓に悪いから、これ以上綺麗にならないでほしいと、本当に真剣に思ったのだった。
「それで、何の用?
 シャオがわたしを探すなんて、誰かに頼まれたとしか思えないわ」
 ホウチョウは鋭い指摘をする。
 事実その通りなのだから、ソウヨウは否定できない。
「あ、はい。
 その、メイワ殿に」
「あー、だいたい用件わかったわ。
 せっかく、人が気分転換していたのにぃ」
「……申し訳ございません」
「シャオのせいじゃないから、謝らないで。
 探してくれて、ありがとう」
 少女の微笑みに、少年は見蕩れる。
「いえ、その……たいしたことでは」
 ソウヨウはそれ以上、ホウチョウの顔を見ていられなくなってうつむいた。
「じゃあ、またね」
 ホウチョウはそう言うと、廊下の方に歩いて行った。
 ソウヨウはしばらく足元に咲く花を見ていた。
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