第十三章

 男という生き物は嘘つきだ。
 平気で嘘をつく。
 それも、たいてい無自覚だ。
 だから、タチが悪い。
 目の前の人物もそうだった。
 ホウチョウは泣きたいのをこらえて、相手を見た。
 こんな時だというのに、一つ年下の男の子は微笑んでいた。
「明日、ここを発ちます」
 ソウヨウはもう一度言った。
「お世話になりました」
 少年はペコッと頭を下げた。
 ホウチョウは袖の中のこぶしをぎゅっと握り締めた。
 幼い少女には、どうしてこんなことになったのか、よくわからない。
 父の死は大きな波紋を呼んだ。
 水に投げ込まれた小さな小さな石は、水面に大きな紋を作り、こんな場所まで揺り動かす。
 長兄は父の後を継いだ。
 次兄は長兄の命を受け、辺境に向かう。
 それに、ソウヨウがついていく。
 ホウチョウには理解しがたい、政治的駆け引きのためだ。
 その辺境の地は、チョウリョウの南の大穀倉地帯。
 シキボと呼ばれる地方。
 シ・ソウヨウの故郷であり、かつての領地である。
 ギョクカンと隣接したそこは、常に戦の前線となる。
 最も重要な拠点である。
 だからこそ、ホウスウが直接統治する必要性があり、ソウヨウが行かなければならないのだ。
「もう、ここには帰ってこないの?」
 意味のない問い。
 そうわかっていても、ホウチョウは問わずにはいられなかった。
「戻ってきます、必ず」
 ソウヨウは答えた。
 嘘だ、とホウチョウは思った。
 戻ってこれない。
 きっと、戻ってこれない……。
 瑪瑙のような艶を持った瞳が涙でにじむ。
「シャオ……。
 どうしても、行ってしまうのね」
 行かないで。とは、言えなかった。
 年が明け、一つ年を重ねた。
 ホウチョウも十三歳。
 大人扱いされる年齢だ。
 わがままはいつまでも許されない。
「はい」
 ソウヨウはうなずいた。
「……戻ってきてね」
 ホウチョウはお願いした。
 命令ではなく、お願いをする。
 できたら、叶って欲しいから。
「戻ってきます。
 姫の元へ、必ず戻ってきます」
 ソウヨウは言い切った。
「約束よ」
「約束します」
「まだ一緒に雪を見てないもの。
 この冬の雪を一緒に見るって、遊ぶって言ってたのに」
 ほんの数日前のことなのに、ずいぶん昔のことのように感じる。
「だから、今度は絶対雪を見ようね。
 ここで雪を一緒に見るまで、死んだりしちゃダメなんだからっ!」
 言葉に力を込める。
 言霊が縛ればいい。
「どこへ行ってもいいわ。
 でも、必ず戻ってきて。
 死んだら、許さない」
 ホウチョウは言った。
 簡単に命を捨ててしまいそうな少年に、命令した。
 緑がかった独特な色の瞳が途惑いを浮かべる。
「約束いたします。
 必ず、生きて戻ってまいります」
 ソウヨウは微笑んだ。
「絶対よ」
「絶対、です」
「約束、破ったりしちゃダメなんだからね」
 嘘にしないで。
 ホウチョウは願った。
「はい」
 ソウヨウはうなずいた。
 ホウチョウはいくつ約束を結んでも安心できなかった。
 この前、本当に幸せそうに死ぬ話をした少年。
 命を捨てるのは、彼にとってあまりに簡単で、ためらいがない。
 あの時、何ともいえない幸福感に、少年は包まれていた。
 それが、すごくよくわかった。
 だから、不安になる。
 少年が消えてしまうんじゃないか。
 このまま、自分の傍からいなくなってしまうんじゃないか。
 とても、恐い。
 想像しただけで、震えがこみ上げてくる。
 ホウチョウは髪を結っていたリボンを解く。
 絹の手触りの朱色のそれは、お気に入りのものだ。
「約束の印。
 それ、あげるわ。
 見るたびに、思い出してね。
 シャオが死んだら、悲しむ人間がいるってことを」
 少年に手渡した。
「はい」
 少年はうなずいた。
 嘘じゃなければいいのに。
 嘘にならなければいいのに。
 ホウチョウは願った。
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