第二十七章

「メイワ。
 花を摘みに行ってもいいかしら?」
 ホウチョウは言った。
 麗らかな昼下がり。
 メイワは困ったように微笑んだ。
「お気をつけて」
 それから、そう言った。
「ありがとう」
 ホウチョウはニコッと笑った。
 部屋から出る際に、卓子の上に乗せておいた文箱を持つ。
「それは?」
 メイワは訊いた。
「ないしょ」
 可愛らしく笑うと、ホウチョウは部屋を滑るように飛び出した。


 ホウチョウが向かったのは、奥庭。
 今日も花たちは美しかった。
「うらやましいわ」
 ポツリとホウチョウは呟いた。
 何の悩みもなく、花を咲かせることだけに一生懸命な草たち。
 ホウチョウは寂しげな微笑を浮かべる。
 ここ最近では気落ちすることは減ってきてはいるのだけれど、ここに来ると哀しくなる。
 輝くような子どもの時代の思い出。
 もう戻ることはできない、切なくも懐かしい想いに胸を打たれる。
 普段なら忘れていることを、忘れていられることを、ここは思い出させる。
 ……忘れたくないから、過去にしたくないから、足を運ぶのかもしれない。
 ホウチョウはここに来た用件を思い出し、辺りを見渡す。
 できれば、目立たないところが良い。
 花の側は良くない、樹の下も微妙だ。
 考えた末に、塀のすぐ側にすることにした。
 ここを掘り返すことは稀であろう。
 ホウチョウは手ごろな木の枝を見つけると、後宮の塀のすぐ側の地面を掘り出した。
 袖を汚すと、ばれる危険があるので、はしたないと思いながら袖をまくる。
 覚束ない手つきで、胡蝶の君と呼ばれる乙女は必死に穴を掘る。
 どれだけの時間がかかったのだろうか。
 早いとは言い難かった。
 一生懸命に掘った穴は、ちょうど持ってきた文箱がすっぽりと入る。
 ホウチョウは、穴に文箱を丁寧にしまう。
 漆が塗られた箱の中身には、手紙が入っている。
 出せなかった手紙だ。
 出さなかった……手紙だ。
 捨てることもできずに、ある程度の量がたまってしまったから、埋めに来た。
 書いてはいけない手紙だとわかっていたから、出さなかった。
 安否を気遣い、逢いたいと想いを綴った手紙たち。
 瑪瑙にも似た艶を持つ瞳は、泣きそうな光を湛えて文箱を見た。
 そして、文箱に土をかける。
 誰にも見つからないように、埋めたことがわからないように、痕跡を隠す。
 念入りに。
 ホウチョウは最後に、地面を一撫でした。
 愛惜しむように。
 立ち上がり、目の端に浮かんだ涙を拭う。
 ニコッと笑顔を浮かべると、花を物色しだした。
 花を摘んでいかなければならない。
 それを理由に部屋を出てきたのだから。
 咲き誇る花を摘む。
「ごめんね」
 ホウチョウは呟いた。
 それは誰に対してのものなのか、言った本人ですらわからなかった。
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