第三十二章

 チョウリョウの南。
 シキボと呼ばれる地域は、かつて絲という名の豪族が治めていた。
 チョウリョウに膝を折って久しく。
 国となったチョウリョウの要、シキボ城を賜ったのは、まだ年端いかぬ少年。
 シ・ソウヨウ。
 絲一族の総領であり、チョウリョウ王のお気に入り。
 操り人形のように愚鈍。
 十六になったというのに、彼の評価は変わろうとしていなかった。


「どうなさいますか?」
 この城を守る守備隊長が問う。
 問われた少年は彼の半分ほどの年齢だ。
 樫の木色の髪を結いもせず、灰緑の衣をまとっている姿は、贔屓(ひいき)目に見ても世捨て人である。もう少し、汚ければ浮浪者に間違えられることだろう。
 少年は、この部屋で最も豪華な椅子に座っていた。
 場違いなのがわかっているのだろうか、ちょこんと浅く腰掛けているだけで、風格なんてあったものじゃない。
 卓を囲む群臣たちの視線が集まり、ソウヨウは困ったように微笑する。
 少年よりも十は年上の男たちは、きちんと髪を括り、鎧を着込み、剣を腰に吊るしていた。実に物々しい姿である。

「城を捨てて逃げるわけには……いきませんよね」
 気弱なことをソウヨウは言った。
 後半は顔色をうかがうように、声が小さくなる。
「当然です!」
 怒ったように言ったのは、カクシュ。
 この城で一、二を争う猛将だ。
「相手はギョクカンの精鋭でしたよね」
 ソウヨウは傍らに控えていた副官のモウキンを見上げた。
 壮年の男性はうなずく。
「勝つのは、難しいですよね……やっぱり」
 この地方特有の瞳が、卓に広がる詳細な地図を見る。
 本格的な戦の指揮を執るのは初めてだった。
 僅かな兵力での防衛。
 上手いこと相手の士気が削がれてしまえばいいのだが。
「どうしたらいいのでしょうか……」
 期待に満ちた眼差しが部屋を見渡す。
 この少年の真意に気がつけた者は少ない。
 何故なら、親しくしている『お友だち』はこの会議に出席できないほど、地位が低いのだから。
「打って出るべきです!!」
 カクシュが言う。
 それに何人かの将が同意を示す。
「相手の出方を見るべきか、と」
 慎重論を出したのは、年老いた将。
 かつて四将軍とソウヨウと並べられた老将だ。
「本城からは?」
 ソウヨウはモウキンを見やる。
「未明に伝令を出しましたが、返事が来るのは一週間後か、と」
 モウキンは苦笑した。
「ですよね。
 救援は期待薄ですか」
 ソウヨウはうなずいた。
 実にわかりきったことだ。
 一週間もしたら、戦いは始まってしまう。
 さて、困った。
 ソウヨウは地図を眺める。
 兵力の差は歴然。
 土地の利もあまりない。
 これで、勝てというのだから基本を無視しすぎている。
 敵と対するとき、兵力は三倍を用意する。
 これから収穫を迎える大切な季節。
 焼け野原にされるわけにはいかない。
「戦うべきではありませんね。
 とりあえず、和平を持ちかけてみましょう」
 ソウヨウは言った。
「ここはチョウリョウの要!
 落とされたら、いかほどの被害が出るかご存知ですか!?」
 カクシュは言った。
 その大きな声は壁ですら震え上がらせるほど。
 ソウヨウはビクッと肩をすくめた。
「ギョクカンなど恐るるに足らず!
 戦いましょう!」
 歳若い青年が言う。
 室内が一気に戦いに向かっていく。
「戦ってはいけません。
 講和を第一とします」
 ソウヨウは言った。
「何故ですか?」
 カクシュは城主を睨む。
「勝てるか、わからないのですよ。
 絶対に、勝てるとわかっている戦い以外はすべきではないかと……」
 ソウヨウはおどおどと言う。
 何と気弱な! と、少年を非難する視線が集まる。
 小柄な少年は、皆の視線を受けうつむく。
「お言葉ですが。
 絶対に勝てる戦いしかしないのであれば、この国はここまで大きくはならなかったと思います。
 そんな逃げ腰でどうしますか?
 戦いましょう!」
 アグンが言った。
 ソウヨウは周囲をうかがう。
 戦いを肯定する雰囲気だ。
 子どもの言葉などに従う気はない、と空気が一致していた。
 この状況でソウヨウの言葉など、意味はない。
 逆に煽るだけだ。
 ソウヨウは右手の人差し指で卓を叩く。
 まるで、見えない盤の上に碁石を打つように。
 三回卓を叩いて、モウキンを見上げる。
 頼りになる副官は心得たようにうなずく。
「城主様の決定だ。
 明日、ギョクカン軍に伝令を出す。
 以上、解散!」
 モウキンは深く張りのある声で言った。
 群臣たちは拱手して退出していく。
 ほっとする者、不満そうな者、疲れたようにする者。
 それぞれ、散っていく。
 室内に取り残されたのは二人。
 モウキンは卓に広げられた地図を巻く。
「ありがとうございます」
 ソウヨウは何もない卓の上を見つめたまま言った。
「仕事のうちです」
「でも、助かりました」
 ソウヨウはモウキンを見て、ニコッと笑った。
 壮年の男は軽く目をつぶる。
「いいえ、どういたしまして」
 モウキンはためいきをついてから、笑った。
「がんばってくださいね」
 ソウヨウは立ち上がる。
「また、院子に行かれるんですか?」
 モウキンは確認した。
「はい」
 ソウヨウは嬉しさを隠し切れずに笑った。


 自分が生まれ育った城は増改築を繰り返されて、すっかり面影は消えてしまった。
 チョウリョウの城の一つだ。
 院子に咲く花一つとっても、シキボらしくはなかった。
 もう、シキボなんてモノは、どこを探してもないのかもしれない。
 あれほど、こだわっていた人たちが哀れに思われてくる。
 そう……同情した。
 所詮は他人事だ。
 ソウヨウにとって、ここはさほど重要ではなかった。
 ここは、故郷ではない。
 帰りたいと思う場所は、ここではない。
 鮮やかに咲く花を愛でながら、ソウヨウはゆるりと庭を散策する。
 ふと、白い花薔薇を見つけ、目を細める。
 紅色が多い花園の中、白い花は珍しい。
 紅く色づく花々の中、それだけは染まることができずにただ白く、白く。
 まるで、月影のようにささやかに。
 風に揺れる花弁。
 自分だけが周囲と違うことにためらい、おびえるように、白い花薔薇はまるで存在を消してしまいたいと願うように。
 所在無く。
 風に揺れる。
 少年は花薔薇を手折った。
 かすかに抵抗するように、茎はしなやかに揺れ、ほんのりと芳香が漂う。
 満足げにソウヨウは微笑んだ。
 武人の手とは思えない、細く白い手が花を弄ぶ。
「困りましたね」
 ソウヨウは呟く。
 浮かぶ表情はのんびりとして、どこがどう困っているのかわからない。
 色石が敷き詰められた道、少年は跳ねるように拍子をとって、青みの強い色石の上だけを踏む。
 幼い子どもが遊ぶように、軽やかに交互に色石を蹴る。
 東屋までたどり着いて、笑いかける。

「隠れるのが下手ですね」
 ソウヨウは言った。
「最初から気がついていたようですね」
 柱の陰に隠れていた青年はためいき混じりに言った。
 シャン・シュウエイ。
 ソウヨウのお友だちの一人に数えられる青年だった。
「知っていますか?
 人間は同じ空間にいる人間を把握できるんですよ」
 未だ声変わりしていない澄んだ声が笑う。
「修行不足ですか。
 気配を抑えていたつもりだったんですが」
「不倶戴天(ふぐたいてん)、って言葉知っていますか?」
 ソウヨウはニコニコと言った。
「私のことが嫌いなら、嫌いだとはっきり言ってください」
 シュウエイはキッパリと言った。
「嫌だなぁ。
 誰もそんなこと言っていないじゃないですか。
 どうして、曲解なさるんですか?」
 茶とも緑ともつかない曖昧な色合いの瞳がきょとんとする。
「そうとしか取れない言葉を言ったのは貴方です」
 シュウエイは事実を口にした。
 ともに天を戴くことができない。とは、どうしても許せないほど恨みが深いという意味だ。
「第一、嫌いな人間を側に置くわけないじゃないですか」
「便利だったり、必要だったりすれば、置かないわけにはいかなくなるでしょう?」
 シュウエイは微笑んだ。
「喰えない、ですね」
 ソウヨウは部下を見上げた。
 ニコニコ笑顔は、滑り落ち、その顔には何の表情も浮かんでいない。
 曖昧な色の瞳は、緑にしか見えない。
 底冷えするような眼差しを受けて、なおシュウエイは平常心を保っていた。
「将軍ほどではありません」
 シュウエイは言った。
 高い矜持(きょうじ)とチョウリョウの民が持つ不羈(ふき)の魂が揃ってこその強気の返答だった。
「美味しく頂かれては、野望が達成できませんから」
 ソウヨウはうっとりと呟いた。
 白い花薔薇の繊細な花弁をなぞる。
 天鵞絨(ビロード)と同じ手触りがした。
「シュウエイ。
 矢を集めてください。
 近いうちに、いくらあっても足りなくなるでしょうから。
 それと、値が崩れないうちに、できるだけ兵糧を集めておいてください」
 ソウヨウは言った。
「かしこまりました」
 シュウエイは拱手する。
「それと、一つ良いですか?」
 ソウヨウは言った。
 左手で右手を覆うようなしぐさをする。
 ほんの数秒。
 左手が右手から離れたときには、花薔薇はなかった。
 持っていないことを示すように、ソウヨウは両手の平をシュウエイに見せる。
「!」
 シュウエイは目を見張る。
「どこに消えたんだと思いますか?」
 謎かけをするようにソウヨウは言った。
 ゆっくりとシュウエイに近づく。
「どこにも消えていません。
 見えていないだけで。
 目で見えるものだけで判断するのは、危険ですよ」
 ソウヨウはシュウエイの目の前で立ち止まる。
 シュウエイは動くことができなかった。
 体が動かないのだ。
 天敵に見つかった野生動物のように。
「たとえば、こんなことがあったら困るでしょう?」
 ソウヨウは笑った。
 ぞっとするほど、無邪気な笑顔だった。
 善悪のつかない子どもが、綺麗で欲しかったからと蝶の羽をむしってしまうような、そんな表情だった。
 !
 シュウエイの首筋に何かが触れた。
「これが花薔薇でよかったですね。
 真剣なら死んでいましたよ」
 顔を無理やり動かして、それを見た。
 ソウヨウは右手に花薔薇を持っていた。
「忠告です。
 私はあまり気が長いほうではないんです。
 上官に対する口の聞き方を考えないと、長生きできませんよ。
 命令が聞けない駒は要りません」
「諫言を受け入れられない人間は、いつしか自滅します。
 ご存知ですか?」
 シュウエイは微笑んだ。
 易々とへし折られてしまうような自負心なら、最初から無いも同じ。
 それを聞いたソウヨウは失笑した。
 この少年にしては珍しく、声をあげてケラケラと笑う。
 シュウエイは安堵の胸を下ろす。
 どうやら、ご機嫌は損ねない返答を返したらしい。
「ええ。駒は命令が聞けないなら要りません。
 あなたは本当に馬鹿ですね。
 もっとお利口さんにならないと、人生要らない苦労を背負い込むことになりますよ」
 ソウヨウは目の端にたまった涙を指で拭う。
 声にはまだ笑いが残っている。
 よっぽど面白かったらしい。
「ちゃんと友だちだと思ってるので、安心してください。
 いざって時は切り捨ててしまうかもしれませんけど」
 少年は剣呑なことを言う。
「……恐縮です」
 シュウエイはためいきをついた。



 夜半過ぎ。
 火急を知らせる鐘の音に、ソウヨウは急ぐ。
 眠たい瞳をこすりながら、ソウヨウは扉をくぐる。
 昼間と同じような顔ぶれ。
 ソウヨウに気がつくと、一同立ち上がり立礼する。
 少年はそれに気を払うことなく、自分の椅子に座る。
 大きなあくびを一つ。
 不思議な色の瞳はとろんと眠そうだった。
 右手を軽く挙げ、
「皆さん、くつろいでください」
 おっとりと声をかけた。
 群臣たちは席に着く。
「城主殿。
 申し上げます」
 老将が口を開いた。
「国境沿いのギョクカン軍に、無謀な輩が向かってしまいました」
 室内は不揃いな静黙が漂う。
「和平の使者としてですか?」
 沈黙を破ったのは、暢気な城主の声だった。
 ためいきが、はっきりと音として零れた。
 同じ間で多数の人間が漏らしたために、それははっきりと本人の耳に返ってきた。
 老将は首を横に振る。
「恐らくは剣を交えるためでしょう」
「何故でしょう?」
「城主殿の決定を良しとしなかったのでしょう。
 血気盛んな若い兵が、ごっそりといなくなっているのです」
 老将は言った。
「……困りましたね」
 ソウヨウは呟いた。
「いかがなさいますか?」
 老将は問う。
「連れ戻すのは無理でしょう。
 もう、交戦中ですよね。
 ……」
 ソウヨウは言った。
「今更、和平は無理でしょう」
 モウキンが言った。
「ですよね。
 戦うしか、ないですか……。
 残念です」
 ソウヨウはためいきをついた。
「城の予備兵力を割きましょう。
 軍の編成はモウキン殿に一任します。
 支度が整い次第、国境に向かい出陣します」
 澄んだ声が言った。
「かしこまりました」
 モウキンは拱手する。
「あ、私も行くんで、護衛兵の編成もお願いします。
 時間になったら起こしにきてください。
 もう一眠りします」
 言い終わるなりソウヨウはあくびを漏らす。


 ソウヨウが部屋に戻ると、ほぼ同じ刻に部屋に訪れた者がいた。
 お友だちだ。
「これから一眠りするんですから、邪魔をしないでください」
 ソウヨウは唇を尖らせる。
「寝るって」
 カクエキは絶句した。
「将軍、戦うって本当ですか?」
 ユウシが興奮気味に訊く。
「んー、そうなんです」
 あくびをしながら長椅子に、ソウヨウは身を沈める。
「お茶です」
 ソウヨウの目の前に、白磁の器が差し出される。
 無意識で受け取り、ほっこりと立つ湯気に目を細める。
 器の白さと茶の淡い黄金色の対比が美しい。
「加密列(かみつれ)です」
 シュウエイが言った。
「ああ、ありがとうございます」
 ソウヨウは一口、含む。
 花の香りと蜂蜜の甘さが広がる。
「そう言えば、皆さん勢ぞろいですね。
 もしかして、若くもなく、血気盛んでもないんですか?」
 ソウヨウは微笑んだ。
「はあ?」
 露骨に嫌そうな顔をカクエキはした。
「だって、若くて血気盛んな人たちは、みんなついていってしまった。って、聞きました」
「徒党を組むほど馬鹿じゃないつもりです」
 シュウエイは言った。
「もしかして、仲間外れにされたこと気に病んでいますか?」
 ソウヨウは笑う。
「誰が、そんな話をしてるんですか!」
 シュウエイは卓を叩く。
 上等な飴色のそれは、音を立てて揺れる。
「怒ると信憑性が薄れますよ」
 ソウヨウは軽く白磁の茶器の淵をなぞる。
 冬葉色の瞳がギロリとソウヨウを睨みつける。
「あの、何の話をしてるんですか?」
 ユウシが困ったように笑う。
「いえ、皆さんがここにいるのに驚いたんです。
 少しは信用はしてたんですけど、ね。
 つまりは、ここにいてくれて助かったと言ってるんです」
 ソウヨウはニコニコ笑顔で言った。
「時間になったら、起こしてくださいね。
 眠りますから」
「ホントに寝るんですか?」
 カクエキは呆れながら、訊いた。
「もちろんです」
 そう答えながら、ソウヨウは夢の中の住人になっていた。


 未明。
 ソウヨウはギョクカンの指揮官と相見(あいまみ)えた。
 ギョクカン軍の指揮官は、ギョク・キンレイ。
 ギョクカンの王の第三子で、その勇猛振りで近隣諸国に名を轟かせている大丈夫である。
 会見とは名ばかりで、戦いのきっかけになるだけなのは、お互い承知している。
 どちらが悪いのか、どちらが先に手を出したか。
 それを明確にするための、作業だった。
 わずかな兵が二人を取り巻いている。
 一応、話し合いという体裁が整えられている。
 馬上であったが。
「ふん。
 チョウリョウの腰巾着が」
 キンレイは吐き捨てるように言った。
「捕虜となっている我が軍の将を、返していただけますか?」
 ソウヨウは気にせずに言った。
 スィ・カクシュ、スィ・アグンの両名はすでに捕らえられており、百を下らない兵を失われた。
「くれたら、城をくれるか?」
 キンレイは獰猛な肉食獣のような笑みを浮かべた。
「あー、そうしたいのは山々なんですが……。
 あの城は私の城ではないので、私の判断ではなんとも……。
 鳳様にお訊きしなければ、返答もできかねる次第でして」
 ソウヨウは気弱に言った。
「ただで返してやるわけにはいかぬ。
 我らは軍を率いてここまでやってきたのだ。
 手ぶらで国に帰るわけにはいかぬ。
 それ相応の利がなければな」
「私にできることならいいのですが」
「ほお。
 ならば、そなたの命をくれるか?」
「……。
 い、痛いことはあまり好きでは……ないんです」
 ソウヨウは顔を引きつらせる。
「それでは、こちらには何一つ得がない」
「兵を退いてはいただけませんか?
 もう充分、暴れたでしょう?」
 ソウヨウはおどおどと提案した。
「できぬ相談だ。
 交渉するならば、次は人を立てるべきだな。
 これ以上する話はない。
 そなたも欲しければ、力ずくで手に入れよ!!」
 キンレイはニヤッと笑った。
 ソウヨウは非難めいた視線を送る。
「力ずくですか?
 ……野蛮ですね」
 ボソッとソウヨウは呟いた。
「人を怒らすことだけは上手のようだな」
 キンレイは槍を振り上げ、ソウヨウ目がけて駆け寄る。
 ソウヨウは手綱を引くが。
 槍の一合目がそれよりも早い。
 音を立て、空を割る槍をどうにか避ける。
 これを合図に乱戦となる。
 各陣営の兵が入り乱れる。
 ソウヨウは馬を走らせ、離脱しようとするが、キンレイが脇目も振らずに追いかけてくる。
「それでも男か!?」
 キンレイの怒声が響く。
 鋭い一閃。
 ソウヨウは馬から振り落とされる。
 受身を取って、地面に落ちる。
 すぐさま立ち上がらなければ……。
 ソウヨウの身体能力よりも槍の一閃の方が早かった。
「ここで死ぬが良い!!」
「絲将軍!」
 モウキンの声がどこか遠い。
 ソウヨウは槍を横に転がることで避ける。
 顔のすぐ脇の土を槍はえぐる。
「兵を退いてください」
 ソウヨウはキンレイを見た。
「命乞いでもしたらどうだ?」
 キンレイは嘲(あざけ)る。
「しても助けてはくれないでしょう?
 無駄なことはしないことにしているんです」
 ソウヨウは微笑んだ。
「だが、兵を退けと頼んでも無駄だ」
 キンレイは言った。
「頼んだつもりはありません」
 ソウヨウは地面を蹴る。
 手をつき、その反動を利用して、飛び上がる。
 持ち前の身軽さを生かし、キンレイの馬に着地して見せた。
 完全に男の背後を取る。
 あまりの突然のことに、キンレイは身動きできないでいた。
 カシャン
 金属の高い音。首筋に触れた冷たい感触。
 それらが豪胆な男の心臓を震え上がらせた。
「命令です」
 ソウヨウはにこやかに言った。



 チョウリョウ軍はギョクカン軍に勝利した。



「どうなさいますか?」
 ここ数日、繰り返された言葉。
 ソウヨウに決断させる台詞。
「上官の命令には絶対服従。
 軍の規律を乱す者は死に値する。
 スィ・カクシュ、スィ・アグン両将には死を」
 ソウヨウは言った。
 その声はいつも通りに穏やかで、威厳一つ漂っていなかった。
「厳しすぎませんか?
 二人はまだ若い」
 老将は言った。
「敗将ですよ、彼らは。
 命で償っていただきます」
 ソウヨウは言い切った。
 薄っすらと浮かぶ微笑とその言葉の無慈悲さが、奇妙なほど少年には似合っていた。
「そうですな……」
 老将は呟いた。
 群臣たちは若き城主を見つめた。



 鳥の陵の正面を 守る鳥は 白き鷹なり
 公平であること 天道の如く
 その厳しさは 白の白
 一点の穢れすら許さない
 法の番人なり



 これ以降、シ・ソウヨウは武将として認められる。
 人々は白厳の君と、彼を呼ぶ。
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