第三十三章

 願い事は三回。
 誰にも聞かれないように、くりかえして。
 流れる星は儚いから。



 記憶の中では、いつも二人。
 兄たちとは歳が離れすぎていたため、遊んでもらうことが少なかった。
 同じ年頃の少女たちは、口うるさかった。
 自由気ままでいたかったから、彼を遊び相手にしていた。
 一つ年下の、シャオ。
 ホウチョウが呼ぶと必ず笑うから、その笑顔を見るのが好きだったから、たくさんシャオと呼んだ。
 いつも、ずっと、一緒だった。
 今は、離れている。
 もうすぐ四年。もう、四年。
 彼はどうしているのだろうか。
 探しても、城の中のどこにもいないから、たまに淋しいと思う。
 背は高くなっただろうか。
 ホウチョウよりもずっと小さかった彼は。
 南城の白厳の君といえば、勇猛果敢な武将であり、計略の奇才である、という。
 どうもホウチョウの知っているシャオとは違う。
 そんなにも変わってしまったのだろうか。
 緑にも見える不思議な茶色の瞳の少年は、いつも消えてしまいそうな雰囲気をしていた。
 あまり……生きていると言う感じがしなかった。
 話をしているときは笑うけど、遠くで見つけたときは生気のない人形のように見えた。
 笑って、話して、お辞儀をするだけの人形のように見えた。
 そんなシャオを見たくなかったから、いつも一緒にいた。
 今、どうしているのだろうか。
 会いたい。



「願い事は三回唱えるそうですよ。
 流れる星に祈りをかけるんです」
 書で読んだ話を少年はした。
 玻璃越しに陽光が柔らかに室内を満たしていた。
 地味な緑土色の衣に朽葉色の上衣を重ねた袖にも、その小さな白い手にも、広げられた巻き物のにも、仄かに黄金色に染まった日差しが落ちる。
 もちろん、不思議な色のその瞳にも。
「どんな願い事も叶うかしら?」
 少女は目をキラキラさせる。
「叶うといいですね」
 少年は微笑んだ。
 昼の陽だまりのように穏やかに。
「ステキね。
 流れ星が叶えてくれるなんて」
「でも、誰にも願い事を話したらいけないんだそうですよ」
「叶うまで、ないしょね。
 じゃあ、シャオにもないしょにしなきゃ」
 楽しそうに、少女はクスクスと笑う。
「願い事があるんですか?」
「ないしょよ!
 だって、叶ってほしいもの。
 誰にも言わないんだから!」
 朗らかに少女は言い切った。
 少年はしばらく考えた末に、
「叶ったら教えてください」
 と言った。
「ええ、もちろん。
 それならいいわ。
 願い事が叶ったら、一番に教えてあげる!」
 少女はニコニコと笑った。
「約束ですよ」
 珍しく少年が念を押す。
「約束よ」
 少女はうなずいた。



 願い事は三回。
 流れる星に。
 思いを託して。



 時は流れて。
 娘は空を見上げる。
 子どもの頃とは違う眼差し。
 夜空を見上げて流れる星を探す。
 叶うことを信じてる。
 星に祈りをかけるために、窓辺に立つ。
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