第四十一章

 私の可愛い花薔薇。
 運命の人は、一目でわかるのよ。
 その人がどんな姿をしていても、どんな声をしていても、関係ないわ。
 目の前にその人が現れたら、すぐさまわかるのよ。
 だって、選んでしまっているのよ。
 ずっと、前から。
 もう、決まってしまっていることなのよ。
 だから、その人を見つけられたら、迷ってはいけないわ。
 その掴んだ手を離してはいけないのよ。
 絶対よ。



 優しく髪をなで、ささやく。
 母のその言葉を、ホウチョウは思い出した。
 それはまだ父の生きている頃の思い出で。
 お母様の運命の人はお父様なの? と訊いたら。
 美しいその人は、少女じみた笑顔で『ないしょよ』と言った。
 とても、嬉しかった。
 いつか、自分にもそんな人が現れるといいな、と思っていた。
 それを、ホウチョウは今、鮮明に思い出した。
 ここで、母の言葉が蘇った。
 それはとても重要なことだった。
 ホウチョウは見つけた。
 目の離せない存在を。
 たくさんの人がてんでバラバラに動く中、ただ一人の動きから目が離せないでいた。
 悲鳴や、馬の鳴き声が気にならない。
 いつもなら、ホウチョウの心を動揺させるのに。
 ホウチョウの瞳は吸い寄せられた。
 そして、それはやがて確信となった。
 唇が言葉を紡ぐ。
 それは、彼を呼ぶための一くさりの音。
 ホウチョウは走り出した。
 わかってしまったから。
 彼が他ならない彼だということに。
 どんな障害も彼女の足を止めることはできなかった。
 ただ一つに向かって飛ぶ胡蝶を捕まえることなど、できなかった。
 彼女の兄の言葉を借りるなら『運命が呼び込まれた』のだ。
 今宵の月は、同じ名を冠する乙女の味方であった。
 だから、今日でなければならなかったのだ。
 自分のために差し出された手を、ためらうことなくホウチョウは取った。
 もう、二度と離さない。
 ホウチョウは涙が出るほど嬉しかった。
 彼女は安心して、その腕の中で眠りについた。
 どこよりも、その腕の中が安全だということを知っていたから。
 ようやく探し続けていたものを見つけられ、彼女は久しぶりの安眠を手に入れたのだった。
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