第五十一章

「シュウエイ。
 休暇は終わりですよ」
 自分とさほど背が変わらなくなってきた青年が言った。
 シュウエイは嫌な予感がした。
 わざわざ、自分を探して言いに来るところが怪しい。
「怪我はもう完治しているはずです」
 腕を折った張本人は笑顔で告げる。
 綺麗に折ってくれたため思ったよりも回復が早く、もう固定する必要がなくなっていた。
「院子に出てください。
 腕が落ちてないか、確認します」
 始終、笑顔で青年は言った。
「はい」
 シュウエイは返事をした。
 久しぶりに剣帯を締め、剣を佩く。
 宝剣と呼んでも差し支えないほど華美な造りの剣だ。
 刀身は一般的な剣よりも、やや長い。
 その分、身は薄くなっている。
 故あって下されたものだが、あつらえたようにしっくりくる。
 柄には、黄水晶と黄玉石が嵌め込まれている。
 シキボ伝統の、正確には絲一族伝統の造りだ。
 その剣を持って、シュウエイは院子に出た。
 院子の周りの廊下には黒山の人だかり。
 城主の剣技を見る機会は、そうそうない。
 観客の中には、渋い顔をしたモウキンと面白がっているカクエキ、心配顔のユウシがいる。
「さあ、どうぞ」
 ソウヨウは笑顔で言った。
 剣を抜く気はない、らしい。
 その右手は空だ。
 シュウエイは鞘から剣を払う。
 その感触は、懐かしい。
 ほんの二月ばかり握っていなかっただけで、すっかり扱い方を忘れてしまったようだ。
 シュウエイは基本通りに剣を構える。
 相手の隙を窺(うかが)ううちに、ソウヨウが剣を抜く気があるということに気がついた。
 柄と鞘を封じている朱色の布が、なかったのだ。
 降って湧いた光栄に、シュウエイは眉をひそめる。
 実際のところ、今の今まで上官の腕前を知らない。
 直属の部下、覚えめでたき将と目されてきたが、ソウヨウが剣を抜いている姿は見たことがなかった。
 後方支援に回されるか、遊撃を担うため、他の二人ほど側にいなかったためだ。
 心の中で、ためいきをつく。
 惨敗したら、恥だな。
 シュウエイはそう思いながら、大地を蹴った。
 間合いを詰めて、剣を振り下ろす。
 当然、そこにはソウヨウはいない。
 振り下ろした場所から少し離れた場所に、下がっている。
 剣の勢いで取って返して、その空間を斬り上げる。
 が、それも届かない。
 一歩踏み出して、さらに剣を斜めに斬りおろす。
 ソウヨウはそれにニコッと笑い避けると、跳び上がった。
 シュウエイは反射的に顔を上げる。
 空を舞う鳥のようにソウヨウは、宙返りをするとシュウエイの背後をとる。
 音もなく地面に足をつけて見せる。
 シュウエイは振り返りざまに、剣を横薙ぎする。
 ソウヨウはいたはずの空間が斬られる。
 結果は空振り。
 ソウヨウはそれよりも早く、しゃがんで避ける。
 剣が通り過ぎたのを待って立ち上がり、シュウエイの肩を叩いた。
「王手」
 それは嬉しそうに青年は微笑んだ。
 シュウエイの集中力が殺がれた。
「参りました」
 シュウエイは剣を鞘に納める。
 汗がどっと出る。
 こちらは息が上がったというのに、目の前の青年は平然としている。
 これが、差。
 歴然としていて悔しくもない、圧倒されるほどの力の差だ。
「やっぱり槍のほうが得意なんですね。
 動作が全部、大振りです。
 まあ、でも、これだけ動ければ充分でしょう。
 明日から、復帰してください」
 ソウヨウはニコニコと言う。
 結局、剣の柄をさわらせられなかった。
 シュウエイは苦笑した。
「明日からでよろしいのですか?」
「心優しいですから」
 ぬけぬけとソウヨウは言った。
「……。
 ありがとうございます」
 シュウエイは良くわからないなりに礼を言う。
「シュウエイ、いいですか。
 そのまま振り返って、二階の右端を見てください」
「?」
 言われたとおりに、振り返って、二階の右端を見る。
 シュウエイは赤面する。
「なんて私は心優しいんでしょうか。
 今日一日は、好きにして結構ですよ」
 ソウヨウは大げさに言うと、立ち去った。
 シュウエイは目が釘付けになってしまって、動けなかった。
 そこにはメイワが立っていたのだ。
 メイワはシュウエイの視線に気がついて、ニコッと微笑み返した。
 そのため、ますます彼はそこから動けなくなってしまったのだった。
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