第七十三章

 約束の一ヶ月が過ぎ、ホウチョウの元にメイワは帰ってきた。


「ただいま、戻りました」
 微笑み、メイワは言った。
「おかえりなさい!」
 ホウチョウは満面の笑みを浮かべて、メイワに抱きついた。
「メイワがいなくて、すっごく寂しかったんだから!」
「ご不便をおかけいたしました」
 メイワは主の背をとんとんと軽く叩いて落ち着かせる。
「これから先は、ずーっと一緒よね?」
 ホウチョウは真摯に問う。
 澄んだ瞳がメイワの返事を待つ。
「ええ、もちろんです」
 メイワはにっこりと笑う。
 それに安心したのか、ホウチョウはメイワから離れる。
「一ヶ月って、とっても長いのね。
 こんなに時間が経つのが遅いと感じたのは、初めてよ」
 ホウチョウは唇を尖らせる。
 その唇にきちんと紅が乗せられていることを確認して、メイワはホッとする。
「秋霖はどうでしたか?」
「秋霖?
 別に、フツーよ。
 ちょっと、ガミガミしてるけど。
 ホントにあの子は私よりも年下なのかしら?
 とってもしっかりしてるの」
 ホウチョウは言った。
「宮城に不慣れな侍女ですから、少し心配だったのですが……。
 お役に立ったようですね」
「ええ、他の女官よりも良いわ。
 私が嫌って言うことは、あんまりしないから」
「と言うことは、少しは嫌なことがあったのですか?」
「メイワだってするでしょう?
 朝起きなさいって。
 きちんとお着替えしましょうって。
 ご飯は残さずに食べなさいって」
 ホウチョウは指折りしながら、挙げる。
「それが侍女の仕事ですから」
 メイワは困った主君に笑う。
「秋霖はそれがとっても多いの。
 私も良く喋る方だけど、あの子はもっと喋るのね。
 びっくりしちゃった」
 表情も明るく、ホウチョウは告げる。
「姫さえお嫌でなければ、姫付きの侍女にするのですが」
 メイワは言う。
 この白鷹城、官女は数多にいるが、公主の侍女は数えるほどしかいない。
 ホウチョウが繊細すぎるのだ。
 慣れない官女がいるだけで、心を痛める。
「それじゃあ、メイワが大変になっちゃうでしょう?
 メイワの侍女なんだから。
 私には、メイワがいれば十分よ」
 ホウチョウはニコニコと言った。
「それよりも、メイワ。
 忘れていない?」
 赤茶色の瞳をキラキラと輝かせてホウチョウは訊く。
「覚えていますわ。
 約束ですから」
 メイワの言葉にホウチョウの瞳は期待でさらに輝く。
「私の名前はヒエン。
 ウェン・ヒエンと申します。
 きちんとお許しを頂いてきました」
 至福の笑みとはこのことだろうか。
 メイワは陽の光よりも綺羅らかに微笑んだ。
「じゃあ、やっぱりそうだったのね。
 メイワはちゃんと運命の人を見失わなかったのね」
 自分のことのようにホウチョウは喜ぶ。
「そのようです」
 メイワはうなずいた。
「でもね
 メイワの一番は、私じゃなきゃダメなのよ」
 ホウチョウは可愛らしく言う。
「まあ」
 子どもっぽい独占欲にメイワはクスクスと笑った。


 ちなみにこの日は一度も、ホウチョウはメイワの傍から離れなかった。
 それを悔しがった男性が二人ほどいたが、黙殺されたことはまた別の話。
並木空のバインダーへ > 前へ > 「鳥夢」目次へ > 続きへ