第七十四章

「風雄大、ただいま戻りました」
 ユウシは拱手した。
 ……上官は、何故かふてくされていた。
 ユウシは首をひねる。
 彼には理由がちっともわからなかった。何故なら彼は北伐の命を受け、見事に乱を平定し、帰還したばかりなのだ。
「お帰りなさい、ユウシ。
 無事で何よりです」
 ソウヨウはユウシの姿を認めると、微笑んだ。
 他の二人のお友だちとは、対応がえらく違う。
 しかし、そのことで二人はすねるほど非常識ではなかった。
「何かあったんですか?」
 とても素直な人間であるユウシは心配げに尋ねる。
「たいしたことではありません」
 ソウヨウは一瞬、顔を曇らせた。
「メイワ殿が帰ってきたんです」
「え?」
 聞き間違いだろうか。
 ユウシは面食らった。
「メイワ殿が帰ってきてしまったんです」
 ソウヨウはもう一度言った。
「良いことじゃないんですか?」
「ええ、もちろん。
 姫はとても嬉しそうです」
 ソウヨウは思いっきり打ち沈んでいた。
「十六夜公主がメイワ殿にべったりで、こっちに来もしないんで、すねてるんだよ」
 カクエキがニヤニヤと笑う。
「……仕方がないですね、それは」
 ユウシは小さく呟いた。
「シュウエイのせいです!」
 ソウヨウは言った。
 お馴染みの発言だ。
 何かと言うと、全部シュウエイのせいにするのだ。
 九割方が八つ当たりの、お門違いと言う迷惑極まりのない発言である。
 珍しいこともあるもので、シュウエイは反論しなかった。
「シュウエイ、何でこんな早く帰ってきたんですか?
 もう少しゆっくりしていても罰が当たりませんよ。
 何もきっちり、帰ってくることはないんですよ」
「皆に言われています。
 ですが、性分なものですから」
 シュウエイは薄く笑う。
「おかげで私は明日から出仕しなければなりません。
 ああ、夜明け前に起きるなんて、私には無理です。
 どうして、朝議は朝にやるんでしょうか?」
 ソウヨウはためいきをつく。
 仮にも夏官長が。
「やっぱり、シュウエイが悪いんです……。
 もう、三日も逢っていないんでしょう?
 逢いにいってきて良いですよ。
 そうすれば、姫は私のところに来てくれるかもしれません」
「ずいぶんと、希望的観測ですね。
 その上、他力本願。
 ご自分から逢いにいけば良いでしょう。
 婚約者なんですから」
「……。
 姫に嫌われるような行動は慎みたいところです」
 ソウヨウは弱々しく言った。
「三日?」
 ユウシは引っかかりのある単語を呟く。
「メイワ殿はいつ帰ってきたんですか?」
「今、さっきです」
 ソウヨウが答えた。
「どうして、三日なんですか?
 ……おかしいですよ」
 ユウシが言った。
「ユウシには言ってませんでしたね。
 シュウエイはメイワ殿と結婚したんですよ」
 ソウヨウはこともなげに言った。
「あ、そうなんですか。
 おめでとうございます」
 人の好いユウシはシュウエイに祝辞を述べる。
「ちょっと、待て。
 俺も聞いていないぞ」
 カクエキが言う。
「あれ?
 そうでしたっけ。
 おかしいなぁ」
 ソウヨウはおっとりと言う。
「どういうことだ、伯俊!」
「安心しろ、事実だ」
 シュウエイは言い放った。
「どんな手を使ったんだ?
 お前、実家に帰ったんじゃなかったのかよ!?」
 ギロリとカクエキはシュウエイを睨む。
「そりゃあ、シュウエイは姑息ですから。
 搦め手ってヤツですね」
 ソウヨウは茶々を入れる。
「加担した人間がさも外野のように発言しないでください」
 シュウエイは冷たくソウヨウに言った。
「だって、その方が面白そうかなぁって。
 暇だったんですよ。
 あの時、ちょうどよくね」
 ソウヨウはにっこり微笑む。
「大司馬まで共犯なんですか?」
 カクエキは言った。
「運命に逆らうって無理ですよ。
 シュウエイとメイワ殿は、名を交し合ってるんですから」
 自分自身、奇跡のように運命を手繰り寄せた青年は言う。
「どうして、知ってるんですか?」
 シュウエイは軽く驚く。
「姫経由です。
 ないしょ、と念押しされるほど、姫は喋っちゃうんですよ」
「……貝のような方ですね」
「可愛らしいでしょ?」
 ソウヨウはのろける。
「つまり、鴛鴦婚なんですか?
 てっきり、政略結婚かと思っちゃいましたよ。
 大司馬の言い方だと誤解しちゃいますよ」
 ユウシはのほほんと言った。
「両方ですよ。
 山湖省と江南省の豪族同士ですからね。
 二つ合わせると、小さな国と同じぐらいの大きさになりますよね」
「出兵する気はありません」
「シュウエイの子は、大変ですね。
 疑心暗鬼の中で育つんですか」
「余計のお世話です。
 それよりも、ご自分の子どもの方をご心配なされたらどうですか?」
「あー、そうなんですよ。
 男の子が生まれちゃうと、厄介ですよね。
 鳳様、まだ独身ですから。
 早く結婚すれば良いのに」
「よく、わからないんですけど……」
 ユウシが恐る恐る口を挟む。
「単純な話です。
 シュウエイとメイワ殿は、シュウエイが生まれる前から婚約していたんです。
 家同士の結婚というヤツです。
 紆余曲折の後、平和になったので約束どおりに結婚したんです」
「あ、なるほど」
 ユウシは納得した。
 しかし、納得がいかない男が一人。
「俺は納得がいかない!」
「かわいそうに、振られちゃいましたね。
 こうして怒りをぶつけても、無駄ですよ。
 納得がいかないかもしれませんが、メイワ殿の幸せそうな笑顔を見たら納得するしかないと思うんですよ」
 慰めているのか、傷のをえぐっているのか。
 ソウヨウはしみじみと言う。
「あ、そうだ。
 賭けは私の一人勝ちですね!」
 ソウヨウは思い出し、嬉しそうに言った。
 やはり、カクエキの傷をえぐっていたようだ。
「やっぱり私は姫に逢ってきます」
 ソウヨウはにこやかに立ち上がる。
 不和の種を蒔くだけ蒔いておいて、一抜けを決め込むつもりだ。
「じゃあ、皆さん、ごきげんよう」


 つまるところ、今日も平和な一日だった。
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