第八十四章

 季節が良いので露台を張り出しての宴になった。
 武人ばかりの酒の席だからか、すぐさま無礼講になる。
 ソウヨウもそちらの方が気が楽なので、止めはしなかった。
 座席がバラバラになったところで、ソウヨウは中座した。
「どちらへ?」
 ユウシが尋ねた。
「少し酔い覚ましに散策へ」
「お付き合いいたしましょうか?」
「いえ、そこまで飲んでないので大丈夫ですよ。
 ユウシこそ、ほどほどで止めておくのですよ」
「はい、大司馬」
 素朴な青年は元気良く返事した。

 特に目的もなく歩いていたら、薔薇の院子まで足を伸ばしていた。
 甘い芳香が満ちている。
 これを守るのだ、と思うと胸がいっぱいになる。
 空を見上げれば半分にかけた月がのろのろと天頂を登っていこうとしていたところだった。
「シャオ」
「姫!」
 ソウヨウは驚いて振り返った。
 月光を受けて輝く薔薇を従える乙女がいた。
「ずいぶんと賑やかなのね」
「懇親会ですからね」
「シャオもお酒、飲んだ?」
 ホウチョウは歩を進め、ソウヨウの隣までやってきた。
「少しだけ」
 ソウヨウは控えめに答えた。
「もう、大人ね」
 ホウチョウは顔を曇らせた。
「姫はお酒が嫌いですか?」
「除け者にされるのが嫌。
 あと苦いもの」
「薬酒は苦いですからね」
 私も苦手です、とソウヨウは付け足した。
 婚約者の中の酒は薬酒を指すのだと知って、微笑む。
 好きな人のことは一つでも多く、知っておきたいと思う。
「大司馬になれてよかった?」
「はい、姫を守ることができるのが嬉しいです」
 ソウヨウは正直に答えた。
「そう、それならいいの」
「どうかなされましたか?」
「私、シャオの目の色、大好きだわ!
 二つの色が混じっているようで。
 どちらともつかない色で素敵だと思うの!」
 ホウチョウはソウヨウの目を見て言った。
「私は姫のすべてが大好きです。
 姿も、声も、心も」
「シャオ、大好きよ!」
 ホウチョウはソウヨウに抱きついた。
 薔薇の芳香が強く香った。
 柔らかな肢体を受け止め、その背にためらいがちにふれる。
「私も姫が大好きです」
 大切なものを守りきるだけの力が欲しい、と青年は思った。
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