第九十三章

 その日、白鷹城に客がやってきた。
 きちんと、ソウヨウのために、ソウヨウに用事があって来た、客人である。
 どこかの誰かさんとは違うわけである。
 皇帝がギョクカンを併呑した際に決めた暫定的な十二の州の南、鶯鏡(らんけい)からの客人である。
 肩書きならば、鶯鏡州侯代理ワン・トウホワン。
 ソウヨウの大好きな一番上の伯父である。


「お久しぶりですね」
 ソウヨウは書斎で伯父を迎えた。
「総領もご機嫌麗しく」
 トウホワンはシキボの伝統的な衣をまとっていた。
 麻の染めのない上下に、黒の帯。それに黒の石が嵌まっている剣。
 肩口までしかない白髪交じりの茶色の髪を、同じく黒の布を襟元で邪魔にならないように括っていた。
「黒ですか?」
 ソウヨウは伯父の身なりに驚きを隠せなかった。
 黒は絲一族では最下級とされる。
 伯父は、黄色を許されていたはずだ。
 トウホワンは土黄と書く。
 猛毒の名を持つ老人は、かすかに笑む。
「この老いぼれには、もうまとう資格もございません」
「かまいませんよ。
 黄色でも」
 ソウヨウは言った。
「私の代わりに孫が『絳』を身につけております。
 それで充分でございます」
 トウホワンは言った。
 この伯父らしい発言である。
 慎み深く、己の才をひけらかさない。
「そういうことにしておきましょう」
 ソウヨウは鷹揚にうなずいた。
「此度は総領に一品を献上したく思い参りました」
 トウホワンはそう言うと、桐の箱を書卓に置いた。
「どうぞ、お納めください」
 中身は見なくてもわかる。
 桐の長細い箱に入っているものは、いつも同じ。
 ソウヨウは箱を開けた。
 中に入っていたのは、一振りの剣。
 緑の石がはめ込まれた、黒塗りの鞘を持つ、見事な宝剣である。
「ちょうど良さそうですね」
 ソウヨウは剣を手にした。
 ずっしりとした重みが、心地良い。
 鞘から剣を振りぬく。
 刀身が今使っているものよりも、一寸(3p)ばかり長い。
 濡れたように光る鋼が頼もしくもあり、魅惑的だった。
「はい。
 これぐらいの方が、よろしいかと思いまして、勝手ながら造らせました」
 トウホワンは言った。
「気の利いた贈り物ですね」
 ソウヨウは微笑んだ。
 剣を鞘に戻す。
 抜き身の剣は不用意に人を傷つける。
 チョウリョウに来てから学んだことだ。
「とんでもございません。
 それと、こちらは我が妻からの」
 トウホワンは小さな紙包みを取り出した。
 ほのかに美味しそうな焼き菓子の香りがした。
 ソウヨウは目を煌かせた。
「お菓子ですね」
 声も弾んだものになる。
 生命を預ける剣よりも、甘いお菓子の方がソウヨウには嬉しいのだ。
 乱暴な話だが、どんな物でもいざとなれば、武器になる。
 シキボでは一通り、それを教えられる。
 もちろん、自分用に造らせた武器の方が使い勝手は良いのだが、無いと絶対に困るという物ではなかった。
 少なくとも、ソウヨウにとっては。
 それよりも、お菓子には何ともいえない、魅力が潜んでいる。
「ありがとうございます」
 ソウヨウは無邪気に笑った。
 その様子に、トウホワンもまた目を細めた。
 我が子を見守るように。

 実に良好な伯父と甥の関係である。
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