| 出会い 貂蝉に拾われ、やっとここの生活にも慣れた頃。 それは起こった。 「、髪を結うのを手伝って」 の主、貂蝉は髪をすきながら言った。 「はい、貂蝉様」 すぐ側まで寄って、櫛を受け取る。 は主人を手伝った。 「あっ……!」 貂蝉が手にしていたリボンが、風にさらわれた。 ひらひらと舞う蝶のように、院子の方に飛んでいった。 「ボク、取ってきます」 何の迷いもなく、は言う。 「……いいのよ。 あんな高いところでは無理だわ」 貂蝉は憂いを見せる。 確かに、木の高いところに引っかかっている。 けれど登れば取れそうだ。 「あれ、呂布様からもらったものでしたよね? 大丈夫です、ボク取ってきます」 にこりと笑って、は院子へと走り出した。 「すごく久しぶり」 木に足をかけて、呟く。 よいしょと声をかけながら、はするすると登っていく。 「あった!」 枝の先に引っかかったリボンを見つけると、そろそろと近づく。 「取れました!」 手にしたリボンを高らかに上げ、貂蝉に見せようとそれを振った。 と、その時だった。 「あっ!!」 手を振った反動か、は思い切りバランスを崩した。 体が傾ぎ、空中に放り出される。 主が悲鳴を上げるのが聞こえた。 それをよそに、は宙で体をひねる。 足を地に向けるよう意識しながら、全身を丸める。 バクテンや、プールの飛び込みと原理は同じ。 バンッ! 地に着いた瞬間、そんな音が耳に入った。 「いた〜。 さすがにあの高さで着地は痛い……」 は一人ごちた。 「大丈夫!?」 裳裾を翻しながら、貂蝉が慌てて走ってくる。 「はい、ちょっと痛かったけど……。 大丈夫です」 そう言って、手の中のものを差し出す。 「ちゃんと、取れました」 笑って見せると、彼女も微笑んだ。 「驚いたわ、身軽なのね」 「はい、ボク体操部だったから」 意味を取りかねた貂蝉に、説明をしようと思ったその時。 パチパチパチ。 背後から、拍手が聞こえた。 「……!?」 びっくりして振り返ると、そこには髭を生やした精悍な男の人がいた。 「驚かれてしまったかな? 私は張文遠と申す者。 ぜひ名を教えてほしいのだが」 「えっと……」 目をぱちくりさせる。 ちょうぶんえん。 この場合、姓と字だよね? は頭をフル回転させる。 生活にはある程度慣れてきたが、名前に関してはなかなか覚えられなかった。 「文遠殿、何か御用でしょうか?」 「これは貂蝉殿。 相変わらずお美しくいらっしゃる。 此度はこの者に用がありましてな」 男がこちらを見る。 ボクに? の頭は余計に混乱する。 「私の下男にでございますか?」 「はい。 実は、先程の軽業に感心した次第」 文遠と名乗った男は、髭をさすりながら言う。 「何とも素晴らしい身軽さ。 ぜひ、私の配下として迎えたいと思ったのです」 「ご冗談が過ぎますわ。 あれはただの偶然でございましょう」 「いや、あれは天性のもの。 これ程身軽な者はそうそういないでしょう。 きちんと鍛錬をすれば、将として名を馳せることも出来ましょう」 「……」 は、すっかり蚊帳の外だった。 目の前で繰り広げられる光景に、ただただ呆然とするばかり。 つまり、この文遠という人は、ボクに武術を教えたいらしい。 「そなたも男として、武を極めてみたいと思わぬか?」 突然話しかけられて、はビクッとした。 「ボ、ボクは……」 どう返事していいのか分からない。 自分の雇い主をちらりと見る。 彼女は首を横に振っている。 「貂蝉様の御心のままに……」 本心を告げる。 だって、今自分はこの人に仕える身。 何があっても、貂蝉の決めたことには従わなくてはならない。 ここに来て、一番初めに覚えたことだった。 「ふむ。 その忠誠心、気に入った。 やはり、我が元に欲しい」 「文遠殿」 「う〜む。 では、この者に武を教えるだけなら良いだろうか?」 「?」 「そなたは、自分の主を守りたいとは思わぬか? この戦乱の世、何があるか分からぬ。 それに備え、武を磨いてみぬか?」 主を守る。 その言葉に、はドキッとした。 お世話になりっぱなしのこの人に、恩返しをするチャンスなんじゃ……。 「ボク、やります……」 「!!」 貂蝉が声にならない叫び声をあげる。 けれど、はそれを見て見ぬ振りした。 「そうしたら、貂蝉様をお守りできるんですね?」 「無論」 文遠が目を細める。 「なら、ボクやります! お願いです、貂蝉様。 今まで通り、ちゃんと他のお手伝いもします! だから……」 そこまで言うと、貂蝉は深い溜息を漏らした。 「……分かりました。 私の負けですわ」 「ありがとうございます!!」 は、ぱあと顔を輝かせる。 「かたじけない、貂蝉殿」 背の高い男は、膝を折り視線をこちらに合わせた。 「して、そなたの名を教えてくれぬか?」 優しい、微笑み。 ボクに兄がいたら、こんな感じだったのかな……。 「ボク……いえ。 私は、初と申します」 色素の薄い瞳を見つめながら、は名を伝えた。 後に、少女はこれを後悔する。 けれど、それはまだ先の話。 |
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