|
午睡
出会いには全て、意味がある。
いつだったか、どこでだったか、そんな話を聞いたことがある。
人が出会いを繰り返すのは、意味があるって。
だったら、ボクがここに来て、色んな人に出会っているのも、意味があるのかな?
と呼ばれるのにも慣れた頃。
異世界からの訪問者は、主のすぐ傍に控えていた。
季節は冬。
七輪がパチパチと音をたてる。
温かい音階が、耳に届く。
貂蝉はさっきから、竹簡を前に何やら書いている。
さらさらという、心地良い音がする。
は、じいっと貂蝉を見ていた。
というよりは、見惚れていたというべきだろう。
やっぱり貂蝉様って、綺麗だな……。
こんなにも綺麗な人が、世の中にいたんだ――。
絶世の美女って、こういう方を言うんだろうな。
そっと、心の中で呟く。
「、これをお願い」
「あ、はい!」
ぽーっとしていた少女は、少しずれて返事をする。
いつの間にか竹簡は巻かれ、すでにくくられていた。
「えっと、いつものところですよね?」
念のため、は届け先を確認する。
貂蝉が何も言わずに書簡を渡す時は、決まってあの方へのお手紙。
知っているけど、間違えたら嫌だった。
「ええ、そうよ。
お願いね」
貂蝉がふわりと笑う。
花がほころぶ瞬間。
そんなたとえが似合いそうなくらい、貂蝉は綺麗だった。
「はい、行ってきます!」
それにつられて、も笑った。
回廊を渡り、彼の元へ向かう。
なるべく早く、静かに。
竹簡の届け先は、貂蝉様の恋人の呂布様。
二人は、秘密の恋人だからやりとりも秘密なんだって。
は貂蝉にそう聞いていた。
日頃の鍛錬の成果もあって、はそれを成すのに一番適していた。
それに、まだ自分は周囲に顔も覚えられていない。
「貂蝉様の使い」ということがばれていないから、ボクが最適らしい。
どんな形でも、は貂蝉の役にたてることが嬉しかった。
あのおぞましい場所から救い出してくれた、命の恩人だから。
しばらく歩き、呂布の部屋の前まで来る。
は竹簡を脇に挟み、拱手する。
「お前か」
部屋の主は、気配で気がついたらしく声をかけてきた。
竹簡を手に取り、呂布の前に差し出す。
卒業証書を受け取る時みたいに、お辞儀をしたまま。
「ご苦労だったな、下がっていい」
言葉を待って、は頭を上げた。
呂布様って、本当に大きな人だな〜。
身長何センチあるんだろう?
ちょっと気になる。
と、ちょっと見ていたら呂布が怪訝そうな顔をした。
「俺の顔に何かついているのか?」
「あ、いえ!
ごめんなさい、何でもないです!!」
は慌ててぺこりと頭を下げ、その場を去った。
「」
聞きなれた声に、は走るのをやめる。
「文遠さま!」
振り返れば、自分の武の師匠・張遼がそこにいた。
「こんなところでどうしたのだ?」
鍛錬の時以外は、とてもにこやかな人だ。
はそっと思った。
「えっと、おつかいです」
嘘は言わないで、ごまかす。
最近、こういう言い方をは覚えた。
「そうか、用事はもう済んだのかな?」
顎髭をさすりながら、文遠が言う。
「え?
えーっと、あとは帰るだけですけど……」
きょとんとして、は答えた。
もしかして、これから鍛錬に付き合って欲しい。
とかかな?
は首を傾げる。
たまに、鍛錬の時間外でも文遠は自分を付き合わせる。
弓馬の練習や、剣の練習。
たまに護身術も教えてくれる。
新しいことを覚えるのが好きなので、そんなに苦にはならなかった。
学校では体操部だったのもあって、体を動かすことは大好きだった。
「そうか。
そなたに渡したいものがあるのだが……」
「渡したいもの、ですか?」
「ああ。
では、彼女には私から使いを出しておこう。
これならいいかな?」
「はい」
断る理由もなかったので、は文遠の後をついていった。
しばらく待っているように、と。
は部屋に通された。
出された椅子にちょこんと座って、は文遠を待っていた。
部屋の中では、七輪がぱちぱちと音をたてている。
暖かい空気が部屋に立ち込めている。
「文遠様のお部屋って、こうなってるんだ……」
は改めて部屋を見渡す。
広いとは言えないけれど、狭いとも言いがたい。
ちゃんと机らしいものがあって、お布団もある。
確か、榻って言ったかな?
ベンチみたいな長い椅子もあった。
「七輪て、温かいんだなぁ」
そっと手を伸ばし、は七輪に手をかざす。
自分の住んでいたところでは、エアコンやストーブが当たり前。
だから、こういうものを使ったことがなかった。
こっちの世界では、これが当たり前。
何だか不思議な感じがした。
そのまま、はしばらく待っていた。
「すまなかったな、。
突然呂布殿につかまってしまってな」
申し訳なさそうに、張遼は部屋に入った。
「……?」
返事はなく、部屋の中は静かだった。
七輪のはぜる音だけが、響いている。
良く見れば、椅子に腰かけたまま、幼い少年は居眠りをしていた。
「悪いことをしてしまったな」
ぽつりと呟き、少年に近寄る。
張遼は、起こさないように少年を抱き上げた。
ゆっくりと、榻に寝かせる。
「ん……」
声がして、を見る。
「起きたか……?」
問いかけるが、応答はない。
寝言のようだ。
張遼は息をつき、掛布をかけてやった。
「全く。
頑張りすぎたのか?」
髪を優しく撫でながら、張遼は問いかけた。
答えないのを知っているのに、話しかけずにはいられなかった。
自分に弟がいたら、こんな感じだったのだろうか?
張遼は、心の中で呟いた。
柔らかな髪。
梳いていると、とても心地良い気分になる。
「これを気に入ってくれるといいのだがな」
持っていた布に、張遼は目を移した。
以前、丁原様から頂いたもの。
色は、深い青色の布。
この少年の瞳と同じ、真夜中の空の色。
帯にでも、と言われたものだが、勿体なくてそのままにしていた。
実際、帯にするには短すぎたし、女性にあげるような煌びやかなものでもない。
ずっとしまっておこうとも思ったが、それではこれが可哀相な気がした。
丁寧に織り上げられた、上等な品。
飾りこそないが、いい糸を使って仕上げられている。
だから、張遼はこれをに渡すことにした。
思い出は、しまっておくことだけが良いとは限らない。
そう、思った結果だった。
「ん……ぶん、えん、さま?」
閉ざされていた瞼が、ぱちりと開いた。
「起きたか、?」
優しく声をかける。
尚も髪を梳きながら。
「!
ご、ごめんなさいボク!」
がばっと起き上がって、少年は叫んだ。
「いい。
疲れていたのだろう」
の髪から手を離す。
少し、寂しいと思う自分がいた。
「文遠様を待ってて、あれ?
ボク、どうしてここで……」
「私が運んだのだよ。
まだ、寝ていても構わないぞ」
頭にぽんと手を乗せる。
「で、でも……」
しどろもどろに、が答える。
貂蝉からは、今日は自由にさせて良いとの伝言も来ている。
「誰しも休息は必要だ」
言うと、少年がそっとこちらを見上げた。
「じゃあ、少しだけわがままを言ってもいいですか?」
邪気のない瞳が、きらきらと輝いている。
「ああ、勿論」
「もう少しだけ、お昼寝させてください」
控えめに、少年は言った。
「いいとも。
たまには甘えなさい。
はまだ小さいのだから」
初めての弟子の我がままに、張遼は笑って答えた。
「ボク、もう小さくないですよ……」
ぶーとむくれるに、声を上げて笑ってみせた。
「ははは。
まだまだ小さいさ。
どれ、膝に頭を乗せるといい」
張遼は榻の端に腰をかけ、の頭を乗せた。
「文遠様って、温かいです……」
ころりと体重が預けられる。
心地良い重みを感じながら、張遼は優しく髪を撫でる。
「もうしばらく、寝るといい。
起きたらこれをやるからな」
声は返ってこなかった。
すでに、は夢の住人になっていたから――。
|