女同士の語らい




 雪が地上に降り続く毎日。
 空気は冷たく、手は擦り合わせていないと凍ってしまいそう。
 そんな冬の夜。
 貂蝉の部屋では女二人が語らっていた。

 本当に平和な、平和な一日。



「はい、出来たわ」
 糸を切り、貂蝉は仕立て終わった帯を渡す。
「ありがとうございます、貂蝉さま」
 それを受け取ったのは、今現在貂蝉の下男として働く少女。
 本来の名は『』。
 は、貂蝉のお気に入りの下男として、特別に房が与えられていた。
 だからこうして、夜に二人きりで語らうこともあった。
「ためしに締めてみる?」
 微笑んでみせると、少女は嬉しそうに笑った。
「いいんですか?」
 頬を紅潮させて、ぱっと表情を明るくする。
 幼い様子が、とても愛らしかった。

「ええ、もちろんよ」
 頷けば、は控えめに出来立ての帯を渡した。
「お、お願いします」
 上擦った声がまた、可愛らしいと貂蝉は思った。
 先日文遠にもらった布を、帯に仕立てた。
 色は深い青。
 飾りなどは全くないが、いい糸を使って織られたのは分かる。
 目の前の少女に良く似合う色だと、貂蝉も思った。

 ただ一つ悲しいのは、この帯に刺繍を施してやれないことだった。
 女としてここにいるのなら、それも出来よう。
 しかしは今男としてこの邸にいる。
 その事実が不憫でならなかった。
 半ば、自分で強要したことだったからこそ、余計に。

「良く似合うわ」

 帯を締め終わると、はくるりと回ってみせた。
 その仕草を見ながら、貂蝉は笑ってそう告げた。
「何だか、少し恥ずかしいです」
「あら、本当のことよ」
 照れて頬を赤らめている
 その姿はまさに、少女であるのに。
「嬉しいです、本当」
 にこりと笑った少女は、とても儚げだった。
 貂蝉はそれに笑ってやることしか出来なかった。

 同情なのかもしれない。
 可愛そうだと思うことは、いけないことかもしれない。
 それでも貂蝉はそう思ってしまった。

「文遠殿はとても趣味がいいのね」
 暗い思考を振り払いたくて、貂蝉は当たり障りのないことを言う。
「……そうですね」
 少女は頬を僅かに染めて、うつむく。
 いつもと少し違う表情に、女は首を傾げる。
「どうかしたの、?」
 二人でいる時は、なるべく本来の名を呼ぶことにしている。
 彼女が、自分の名前を忘れてしまわないように。
「あ、いえ何でもありません」
 尋ねると、の頬はますます赤くなる。
 その様子に、貂蝉は思い当たる節を見つけた。
「もしかして、文遠殿のことが気になるの?」
 優しく問うと、は首をぷるぷると横に振った。
「そ、そういうんじゃないんです!
 えーっと、なんて言うかその……」
 手をもじもじとさせながら、少女が口ごもる。
 可愛らしい行動に、思わず笑みがこぼれてしまう。

「あら、顔が赤いわよ?」
「違うんですっ。
 本当に違うんですよ!」
「正直に言っていいのよ?」
「そうじゃないんです。
 えっと、えっと、それはその……」

 思わずからかってしまう。
 異界の少女はあまりに純粋で、無垢で。
 こうして話しているのがとても楽しかったから。

「内緒にしてくれますか?」
 上目遣いでが訊く。
「ええ、もちろんよ」
 笑って頷く。
 は、そっと耳元に顔を寄せてきた。
 それに合わせて、貂蝉も近くに寄る。

「……と言う訳なんです」
 体が離れる。
 頬はまだ赤いままだ。
「良かったじゃない。
 とても気持ちよく眠れたのでしょう?」
 が告げたことに、貂蝉は笑って言った。
 先日、帯の布をもらった時のことを話してくれた。

 膝枕をしてもらったこと。
 それが嬉しかったこと。
 お昼寝が気持ちよかったこと。
 それを思い出して、恥ずかしくなったこと。

 小さな声で語られた言葉たち。
 どれも、優しい旋律だった。
「は、はい……。
 でも、そういうのってあまり良くないですよね?」
「どうして?」
 控えめに尋ねた少女に、貂蝉は訊いた。。
「だってボクは今男の子だから。
 あまり近くに寄っちゃいけないというか……」
 最後は、ほとんど聴こえないほど小さな声だった。
「確かにそうね。
 でも……」

 ふと、貂蝉は思った。
 少女の憂いも、あと少しで終わるかもしれない。
 あの人さえいなくなれば、演技をしなくてすむようになる。
 として、女として生きていける。
 あれさえ、あの人さえいなくなれば……。

「貂蝉、さま?」
 名前を呼ばれて、はっと我に返る。
「いいえ、何でもないわ」
 にこりと笑んで、貂蝉は考えを遮った。

 焦ってはいけない。
 まだ時期ではないのだから。
 もう少し、まだ少し待たなければ。

「さあ、そろそろ寝ましょうか?」
 腰を上げ、を促がす。
「はい」
 こくんと一つ頷いて、少女も立ち上がった。



 灯の消えた房は、星月の明かりだけになる。
 微かな光の中、女と少女は静かな眠りについた。


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