もう一つの意味




 武とは、人を殺めるもの。
 そう、思っていた。



 様々な音が耳に入ってくる。
 聞きたくないと思っても、それらは勝手に入り込んでくる。
 悲鳴、怒号、刃の重なる音。
 嫌だと思っていたのに、気がつくとはそれに慣れ始めていた。
 人を一人殺すたびに心が欠けていく。
 自分という形がなくなっていく。
 そんな気がしていた。

 貂蝉軍は変わらず、本陣近くにいた。
 呂布、張遼、華雄らの活躍により、董卓軍は常に優勢だった。
 それでも人を殺さない日はなく、敵は日々攻めて来ていた。

「勢いにのるぞ!」
 敵兵の声がこだまする。
 歓声が沸き起こり、場が騒がしくなる。
 はそれを不快に思いながら、敵につっこんでいく。
 
 誰も、誰も死なせない。
 自分は生き残る。
 
 思いは形となり、刃となる。
 一つ、また一つと屍を作っていく。
 人を殺すなど、簡単なことだった。
 同じ動作の繰り返し。
 避けて、懐に入って、動脈を狙う。
 それで充分だった。
 断末魔が聞こえる。
 返り血がかかる。
 生ぬるい感覚も、もう慣れた。
 汗と血で滑る武器を持ち直すのも、慣れてきた。
 タイミングも何もかも。

「名のある将だな、覚悟!」
 自分の背後で声が轟いた。
 瞬間、は弾けるように叫んだ。

「貂蝉さまっ!!」

 力の限り声を出す。
 主はいつの間にか囲まれている。
 目の前にいる敵兵を振り払い、背を向けて駆けていく。
 守りたい、守らなきゃいけない。
 唯一の場所。
 気がつけば、は夢中に走っていた。

 キィンッ――

 音が重なる。
 七首と剣が交わる。
 力がぶつかる。
 流さなきゃいけなかったのに、受けてしまった。
 強い力で押されていく。
 刃は、すぐ目の前。
 抑えきるには、払いのけるには、力が絶対的に足りない。
 このままでは……勝てない。
 
 一瞬よぎる思いを振り払い、はとにかくその状況を脱しようとする。
 負けない、死なない。
 死なせない!
 何とか剣を交わそうとした、その時。
 突然、その兵士がくず折れた。

「文遠さま!」

 兵士の背後にいたのは、紛れもない武の師匠だった。
 顔には無数の切り傷。
 握った武器や鎧には血がついている。 
 多分、自分のものではない血が。
 男は少し、肩で息をしている。
 
、こいつらを片付けるぞ!」
「はい!」
 言葉が、自然と出てくる。
 頷いてから、は驚いた。

 コノヒトハ、ジブンヲヒトゴロシニシタ。
 ケド、タスケテクレタ。

 二つの思いが混在する。
 分からない。
 目の前の人が分からない。
 この人は怖い人のはずなのに……。

 兵が群がる。
 はそれを機械的に屠っていく。
 一人、また一人と生きている者が減っていく。
 いくつもの悲鳴が降り注ぐ。
 赤い雨は、やむことはない。
 白い息が吐き出される。
 呼吸が乱れそうになる。
 寒いはずなのに、今は汗すら滲む。
 
 は敵に囲まれながらも、貂蝉の安否を確認する。
 美しい女性は、気丈にも武器を手に戦っている。
 大きな傷は見えない。
 思わず、安堵の息がもれた。

 文遠さまは怖い人。
 貂蝉さまは良い人。
 でも、貂蝉さまも今人を殺している。
 忌み嫌う武を使って――。 

「!?」

 心臓がどくんと音をたてる。
 そのまま、鼓動が早くなっていく。
「ボクは……」
 意識が遠くなりそうになる。
 呟いた声は喧騒にのまれていく。

 『武』は、誰かを守ることもできる……?

 戦いの中、は一つの答えを導き出そうとしていた。


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