最後の意地




 繰り返される惨劇を。
 日常になり始めた出来事を。
 はただ続けるしかなかった。
 これが、残された唯一の道。



、そろそろよ」
「はい只今」
 促されて、少女は主に付き従う。
 これから行く場所は修羅が住まう地。
 情けなどは存在しない場所。
 行きたくない。
 それでも、生きたいから向かう。
 は口を引き結ぶ。

「……貂蝉さま」
「なあに?」
 振り返った主は、とても優しげな微笑みを浮かべている。
 いつもと変わらない。
 どこか寂しげなところまで。
「いえ、何でもありません」
「辛い?」
 短く問いかけられる。
 は首を横に振った。
「大丈夫です。
 本当に大丈夫ですから」
 言っていないと駄目になりそうだった。
 大丈夫と、平気だと。
 だから、は自分に言い聞かせた。

「大丈夫ではないだろう」

 突然降ってきた声に、はぴくりと反応する。
 振り向けない。
 何となく、怖いと思ってしまったから。
「張遼殿」
 先に声を発したのは貂蝉だった。
 は、そのまま立ち尽くす。
「そんなに青い顔で戦場に立つなど。
 皆の迷惑になるだけだ」
 厳しい声が降りかかる。
 恐怖は増していく。
 この前会った時と違い、声の雰囲気は険しい。
 今の文遠はすごくコワイ。
 思わず、目をぎゅっとつぶった。

 返事をしなさい」
 さらに畳み掛けられる。
 師としての言葉だと分かっている。
 それでも、泣きたくなってくる。
 握り拳を作って、は勢い良く振り仰いだ。

「ボクは、行きます……」

 意志の強い瞳をじっと見つめ、決心を告げる。

 怖い。
 恐い。
 コワイ。

 それでも伝えなければいけない。
 自分の意志を。
「倒れれば、次はないかもしれぬぞ。
 それでも構わぬのか?」
「はい、充分承知です。
 ボクは……貂蝉さまをお守りします」
 心臓が早鐘を打つ。
 緊張のせいで声が震える。
 足は棒みたいに硬くなっている。
「そうか」
 場に小さな風が起きた。
 男の肩に掛けられた布がふわりと翻る。
 文遠は足早に歩き始めた。
 その背に向かって、ただただ拱手することしか出来なかった。
 には、それが限界だった。

「大丈夫?」
 手が肩にのった瞬間、力が抜けた。
 ガクンと崩れそうになるのを、必死に耐えた。
 倒れてしまったら、二度と立てない。
 そんな気がしたから。
「はい、大丈夫です」
 しっかりと返事をして、貂蝉を見る。
 この方を、この場所を。
 守り通していきたいから。
 はもう一度頷いてみせた。
「行きましょう、貂蝉さま。
 ボク、必ずお役にたちますから」
 最後の意地で、は答えた。


 戦いは、始まったばかり。


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