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やりきれぬ思い
あの日以来、みんなの見る目が変わった。
幕舎の外を歩く度に、ちらちらと視線が向けられる。
何か話しかけられる訳ではなく、本当に見られるだけ。
目が合うと逸らされる。
その繰り返しに、は少しうんざりしていた。
「……あの、貂蝉さま」
「どうかしたの?」
戦場にいるのに、どこか穏やかな空気が流れる時間。
幕舎の中、座って着物を繕いながら、は貂蝉に話しかける。
「何だか、色んな人がボクを見てるんです」
最近の様子を、ぽつりぽつりと貂蝉に話しはじめる。
何だか、愚痴を言うようで気は進まなかったけど。
「そうでしょうね」
一通りしゃべり終えると、貂蝉はくすりと笑みを零して言った。
「どうしてですか?」
は問いかける。
何が原因なのか分からない。
どうして自分が注目を浴びてしまっているのか、理解できなかった。
「先日の戦での、あなたの活躍を知っているからよ。
気になるのでしょう、きっと」
「そういう、ものなんでしょうか?」
嬉しそうに喋る貂蝉に、驚きが隠せない。
やっぱりこっちは、あっちと違う。
当然と言わんばかりの表情に、首を傾げた。
「初めての戦で、あれだけの功績を上げたのですもの。
皆、一目置いているのよ」
「そう、ですか」
「?」
「変な感じですね。
人を殺して一目置かれるなんて……」
は視線を泳がせる。
縫い物をしていた手も、自然と止まった。
あの日、自分はたくさんの人を殺した。
伏兵を倒した後気を失ってしまったから、あまり覚えていないけれど。
それでも手に感触が残っている。
肉を絶ち、動脈を切り、命を奪った感触を。
「ええ……」
貂蝉の声が沈んだ。
それに気づき、が弁解をしようとした時だった。
「失礼する」
声と供に、大柄な男たちが入って来た。
見知った顔に、貂蝉は笑みを浮かべていた。
は思わず身を硬くする。
「まあ、どうなさいましたの?」
「繕いものを頼みに来た」
一際体の大きな呂布が、持っていた着物を貂蝉に渡す。
戦場では男性も縫い物をすると聞いていたが……。
この方らしいと、は密かに思う。
「お預かりいたしますわ」
慣れているのか、貂蝉は笑って受け取る。
いつもよりも優しげな表情が、眩しいと感じた。
「張遼殿はどういたしましたの?」
「ああ、私は教えてもらいたくてな。
どうにもここが上手く繕えない。
……、教えてくれぬか?」
「は、はい」
突然名前を呼ばれた。
は慌てて返事をする。
「ふむ、器用なものだ。
その才、分けてもらいたいな」
ひょいとこちらを覗き込み、張遼は言う。
戦場に来る前と変わらない笑みに、は不快感を覚える。
コノヒトハ、ボクヲヒトゴロシニシタ。
忘れられるはずがない。
嫌な感情がわき出てくる。
体は自然と後ずさった。
「ありがとうございます」
「礼を言うほどのことではなかろう。
ふむ、ここをこうすれば良いのか」
目を細める師に覚えるのは嫌悪感。
憎しみすら生まれそうになる。
「すみません、ボクちょっと失礼します」
耐え切れなくなって、は立ち上がった。
「?」
「気分が……傷がまだ痛むので」
俯いたまま、張遼の顔を見ずに言葉を並べる。
持っていた布を、ぎゅっと握りしめる。
「そうか。
気づいてやれず、すまなかったな。
ゆっくり休みなさい」
かけられた言葉が、わざとらしいと感じる。
そんな人ではないことを、知っていたけれど。
「はい。
では失礼いたします」
自分の物を手繰り寄せると、は逃げるように幕舎から飛び出した。
冷たい風が頬を撫でる。
心の底から冷えきりそうな、そんな日だった。
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